2008年10月31日金曜日

SIerクライシス?

 ここまでいくつかの業種を扱ってきましたが、実は、いずれも私がIPOアナリストとして調査・評価した対象の中で中心であった業種ではありません。私の担当したコア業種は、一般に「IT分野」として捉えられる中で、ソフトウェアやハードウェア等、何かを「作る」企業群です。
 今回はその中で、コンピュータシステムを作る企業である、システムインテグレータ(SIer)を取り上げます。

 SIerの仕事は、企業の中の事務処理を行ったり、様々な機器を制御したりするためのコンピュータシステム(以下「システム」)を提供するコトです。システムは、ハードウェア(以下「ハード」)とソレを統合するネットワークに、ソフトウェア(以下「ソフト」)を加えて構成されます。SIerはハードとソフトをコミにして顧客に提供するのですが、ハードはハードメーカーが作るモノですから、SIer自身が作るのは、主にソフトです。

 企業が業務に使うソフトは、複数の段階を経て作られます。大まかに、

  1. システム化される範囲を明確化する~要件定義

  2. システムを構成するソフト群の明確化や、ソフト内部の処理手順を明確化する~設計

  3. 実際にプログラムを組む~開発


という三段階に分けて捉えるのが、代表的な考え方です。手順として先に来る方を上流工程、後に来る方を下流工程と呼びます。
 一つの流れではありますが、その前段階にある事業戦略やら業務フローと設計・開発の間には文化的断裂があります。ナニをしたいかという戦略とドウするかという設計・開発の違いは、文科系的な考え方と理系的技術論の相違と言えるでしょう。全社的情報システムパッケージ(ERP)を早期に導入した某電機メーカーで導入プロジェクトを担当した方に伺ったお話では、前者をサポートする業務コンサルタントと後者を担当するITコンサルタントの間の調整に相当苦労なさったそうです。

 さて、事業の一連の流れが段階的構造を示すというコトは、企業間分業も成り立つというコトです。SI業界においてのソレは、ゼネコンと同様のカタチを見せます。顧客からSI案件を受託する企業が上流工程を行い、下流工程の業務を細分化して下請け企業に委託しています。SIerの成長モデルの一つとして、下流工程専業として下請けで起業した後、徐々に上流工程に事業を拡大して元請けになるというモノがあります。

 もう一つの、というか元請けSIerの成長モデルとしては、業務知識の深化と多業種対応が挙げられます。
 システム導入のあり方の特徴として、欧米でパッケージシステムが広く使われているコトに対して、日本では個別企業に対応したカスタムメイドのシステムが構築されている点が挙げられます。
 ソコで、そもそも企業におけるコンピュータシステムとはなんぞや?というと、色んな考え方があるワケですが、「ニンゲンの行う業務をハード/ネットワークの中にフローとして再構成したもの」つーのも、その一つです(ワタシが勝手に言ってるダケですけどネw)。で、以前のエントリで述べたように、日本において企業は事業のヤり方(How)で差別化しているコトが多いワケです。同じ業種に属する、同じような企業でも、業務フローが微妙に違ったりします。その分、求められるシステムのカタチも違って来ます。おまけに、ユーザー企業の中の人は、必ずしもシステムに関する知識を持っているワケぢゃない。従って、そうした企業のシステム化を受託する日本のSIerに対しては、より深い業務知識が求められます。
 その中で、最初は顧客に言われた通りのシステムしか作れなかったSIerが、業務知識を深化させるコトで提案型のシステム開発受託までこなせるようになるのが、成長モデルの一つです。更に、それを複数の業界に対して出来るようになれば、SIerとして上位の企業と言えるでしょう。

 こうした進化を遂げたSIer大手なら、個々の企業に大差は無いかというと、そういうワケでもありません。
 SIerの伝統的な分類方法に、ハードメーカー傘下のメーカー系、大手企業の情報システム部門を母体とするユーザー系、それらに含まれない独立系の三種に分類するモノがあります。メーカー系とユーザー系では、出身母体の違いから、得意とする分野に差が生じます。メーカー系はハードの使いこなし方をはじめとするシステム技術、ユーザー系は業務へのシステム適用のノウハウということになります。メーカー系SIerの代表的なものは、日立システムアンドサービスや富士通ビジネスシステム、東芝情報システム等です。一方、野村総合研究所(NRI)やNTTデータ、新日鉄ソリューションズ等が、ユーザー系SIerに分類されます。NRIの得意分野は金融ですし、NTTデータは官公庁向けの案件を得意とします。

 SIerというとふつ~のヒトには「技術の会社」と思われるコトが多いのですが、ユーザー系SIerの中の人は、垂直分業の中で要件定義を主な役割とするコトもあって、必ずしもソレを重視しません。ソの例として、私自身の経験を述べましょう。
 私がSEの仕事をしていたのは10年以上前のコトになるのですが、その最後に近い1996年から1997年にかけて、「オブジェクト指向」と呼ばれる、当時は新しかった考え方を一部に取り入れたシステムを作りました(下のFlashは初めて作ったモノなので、見づらいのはご勘弁をw)。







 オブジェクト指向的な考え方を取り入れたのは、社内ではかなり早い事例になると思うのですが、全然評価されませんでした。その理由として当時のボスから受けた説明は、私が所属部署の子飼いでなかったからというもので、技術なんて人事考課に一切関係なかったワケです ┐(´~`)┌

 SIerの中でも特に、そうしたユーザー系SIerは今後、大きな危機に直面するおそれがあります。市場縮小と付加価値訴求力の減退のおそれに加え、内部管理体制の根本的見直しを迫られています。

 企業の業務にシステムが用いられるようになったのは、1960年代半ば以降です。その後、システムを利用する企業の増加に伴い、SIを主とする情報システム市場は拡大していきました。1990年代初のバブル崩壊後には市場が縮小する局面もありましたが、1995年以降のインターネット利用の普及を背景に、市場は再度、拡大期を迎えました。インターネットが一般化した2001年以降は、市場規模は横這いで推移しています。2006年に統計基準が変わったのでそれ以前と同じ視点で見ることはできませんが、2006年から2007年にかけて市場規模は微減でしたから、全体の傾向は大きく変わってはいないと推測されます。
 ただ、企業数は減少傾向にありますから、1社あたりの売上は拡大しています。大手SIerの業績推移を見てみると、売上・利益共に拡大している企業もあれば、横這いで推移している企業もあります。伸び悩む市場環境下で、個別企業の選別が進んでいるコトが推測されます。
 現在、金融危機を契機とした景況悪化が、世界を襲っています。日本は比較的、その影響が少ないとは言われていますが、先行きの見通しは芳しくありません。これまでの、情報システムの利用普及やインターネットの利用拡大といった、不況下でも情報システム関連市場の拡大をもたらした要件も、現在は見当たりません。市場が縮小過程に入る可能性は高いでしょう。

 足下では、いわゆる「J-SOX法」への対応が、SIerにとって特需要因となっています。しかしこれは、中長期的にはユーザー系SIerにとってマイナス要因になるでしょう。
 2007年9月に施行された金融商品取引法では、上場企業に対して、財務報告に関する内部統制制度の整備と内部統制報告書の提示を義務付けています。今後数年をかけて、そのカタチを模索していくことになるのでしょうが、結局のトコロ、事業の全社的「見える化」を進めるコトが必須です。
 そうなると、ユーザー企業自体がシステム要件を明確化する力が向上することになるでしょう。「面倒くさいコトはSIerに全部お任せ」という態度の美味しいお客様は、もう期待できません。要件定義に重きを置いてきたユーザー系SIerにとっては、付加価値を訴求する力が減退するコトになります。

 んぢゃあ、ユーザー系SIerはどぉすればイイか。
 一つ考えられるテは、業務コンサル機能を取り込むことです。つまり、業務改善とシステム化を組み合わせて提供するビジネスに、ドメインを拡大するコト……なんですが、既に一部ではソういう動きは出ています。例えば2005年4月には、NTTデータがアーンスト&ヤング系のコンサルティング会社であった日本キャップジェミニを買収しました。ただ、この動きはメーカーの方が先行していて、IBMが2002年7月にプライスウォーターハウス・クーパーズ系のPwCコンサルティングを買収しましたし、2004年11月にはNECがアビームコンサルティング(デロイトトウシュトーマツ系)の株式35%を取得しました。
 もう一つは、同業他社との提携で、規模の経済を志向すること。規模の拡大は、顧客基盤の拡充やノウハウの拡大等の効果が見込まれる、SIerの基本的な成長戦略の一つです。これまでも、ユーザー系に限らず、多くのSIerが合併による規模の拡大を繰り返しています。最近では、2008年9月29日に発表された、NTTデータによる日本総研ソリューションズの子会社化(50%株式取得)なんて例がありますね。今後もSIerの再編は続いていくことでしょう。
 またはこれから技術力(ハードの使いこなしに限ったハナシではなく、ソフト開発の効率化とかも)を磨いて差別化を図るのもイイでしょうが、方向性を絞ってヤらないと、メーカー系には追いつけないでしょう。
 あとは、外販をあきらめちゃって親会社の情報システム部門に回帰するテもありますが、売上は下がりますし、その際の大規模リストラが社員のモチベーションを大きく引き下げるコトになりますから、選択しずらいトコですね。

 それ以上に、SIerの売上・費用計上の基準が変わることの影響が大きいと考えられます。
 2009年4月から、SIerの売上及び費用は、工事進行基準で計上されることが原則になります。SIerにおける工事進行基準とは、ソフト開発の進捗度合いに応じて、売上と費用を分散して計上するやり方です。この制度の下でキチんとした会計を実現するには、進捗管理の精度を上げる必要がありますが、そのためには、設計・開発工程の標準化が求められます。ソフト設計・開発の進捗管理には、ガントチャートと呼ばれる表を使うコトが多いのですが、その縦軸の切り分けと各工程における標準工数の見積もりが重要です。

 他業種では、コレを上手くやっているトコロがあります。例えば自動車業界。自動車をディーラーに整備に出す場合、整備工程は高度にメニュー化されてて、大まかな整備内容が決まれば、あっという間に整備期間と費用の見積もりが出ます。自動車の場合は商品自体がモジュール化されてて、不具合のあるトコはモジュールまるごと交換しちゃうという背景はあるんですけどね。
 一方コンピュータシステムは、同じ工程であっても個別の案件毎に工数は大きく異なりますので、自動車と完全に同じコトは出来ません。とはいえ、管理者からプログラマまでが、設計・開発工数の標準化を統一された目標の一つとして仕事してれば、案件数が増えれば増える程、精度の高い工数管理が出来るハズです。そういうコトをやらんで、管理者がSEとかプログラマ、あるいは下請け会社に仕事振っておしまい、なトコは対応できないでしょ~ね。私が当たっちゃったボスのような、「オマエに全部任せた(でも評価しないょ)」な中間管理職の方ばっかりなトコロは……放っておくと、大変なコトになりますょ(北野武サン風にw)
 それから、工数管理を高度化する上では、下請けとの関係強化も重要な課題ですネ。M&Aで取り込んぢゃう、つ~のも一つのテでしょう。

 正直なハナシ、工事進行基準は、なぁなぁでドンブリ勘定な日本のSI業界には馴染まないと思います。そもそもカスタムメイドのシステムなんて、完成して初めて役に立つモノな上、開発中の仕様変更もよくありますしねぇ。この導入を決めたヒトは、SI業界の内情をよく知らないか、逆に詳しく知っていてソレを根本的に変えたいと思ったか、どちらかではないでしょうか。
 でもまぁ、決まっちゃったモンはしょうがない。SIerとしては頑張って対応するっきゃありませんナ。

 このようにSIerは、市場が縮小に向かう中で、付加価値訴求力の強化と内部管理の精度向上に努めなければならないという、難しい局面にあります。
 コレへの対応に成功するかどうかが、5年後、10年後における市場での優劣を決める、大きな要因になるだろうと思います。

2008年9月24日水曜日

ブラックサンデーを好機に

 去る9/14(日)に米連邦破産法第11条(Chapter11)の適用を申請するカタチで、米証券大手のリーマン・ブラザーズが経営破綻に到ったコトを機に、世界各地の株式市場は大幅に下落しました。これを一部で「ブラックサンデー」と呼んでいます。サブプライム問題やCDS(倒産補償証券)問題による金融不安に加え、米金融当局の施策に対する不安~ソレより以前の3月に資金供与で救済されたベア・スターンズが救済されてリーマンが救済されないコトの不整合に対するモノだと思いますが~が、ソの大きな一因と言えるでしょう。ヒトによっては、「証券最大手のゴールドマン・サックスですら、安全とは言えない」と仰ってましたネ。
 続いて経営危機が表面化した保険大手のAIGに対する公的資金注入による救済や、更に発表された不良資産買取機関の創設・MMF資金保護・金融株の空売り禁止や各国中央銀行を通じたドル資金供与といった安定化策によって、市場のショックはとりあえず一段落つき、安心感が広まっているようです。とはいえ、不安感が拭いきれたワケではありません。今回生き延びたAIGだって、FRBからの融資を返済せねばならないワケで、危機を完全に脱してはいないのです。

 ワタクシ個人的にも、今回の件では大きくマイナスの影響を受けます。株式資産が目減りしたのは、長期保有で考えているのでまだイイのですが、再就職活動がより一層、厳しいモノになりそうです。
 少し前にメディア系アナリスト会社の採用で若モノとの競合に負けてしまってがっくりキているのですが、そうした面白そうな案件は更に細りそうです。
 金融機関本体の採用は、なおさら狭き門になるでしょう。ココにリーマンからあぶれたヒト達が入ってくるワケで… orz

 ともあれそうした環境下、日本企業にとってこの9月中間決算やソレを含む通期決算(2009年3月期)は、そうとう厳しいモノになりそうです。
 金融不安から実体経済への影響は避けられず、先進国を中心に景気が減退する中、本業の業績が悪化しつつあります。
 更に今回は、これまで以上に株安が企業に影響を及ぼします。2000年前後には、金融機関を中心とした株式持合いの解消に伴って、企業による株式保有は減少しました。しかしその後の景気回復期には、企業による株式保有が増加しています。2007年度には金額ベースでは減少していますが、その間一貫して、企業は株式を買い越しています。その後もソの傾向は続いています。2008年度入りした4月こそ若干の売り越しでしたが、5月以降は再度、買い越しの状況が続いています。M&Aの増加に伴って「買収防衛策」が話題になるようになったのが、2004年以降のハナシです。企業による株式保有の増加とソレが時期的にリンクしているコトから、買収防衛策の一環としての株式持合いが増えているであろうコトが推測されます。こうして積み上がった保有株式の評価損が、企業業績の足を引っ張るコトになります。

 ブラックサンデーに先立つ6月頃から、日経平均は下げ基調でした。金融不安の中で企業の業績悪化を織り込む動きだったのでしょう。ただ、9/19(金)に9月中間決算予想の大幅下方修正を発表した東芝の株価が、9/22(月)において日経平均を超えるペースで上昇したことから、既にかなりの部分が織り込み済みである可能性は見えてきたと言えるでしょう。

 とはいえ、本格的な市場回復は、売買の主役である外人や個人が買い越しに転じてからというコトになるでしょう。
 そのうち個人は昨年(2007年)以降、売り越しを続け、その分を現預金として積み上げています。また、ネット証券の新規口座の増加が、そのペースを落としつつあるとはいえ、続いています。一部では「証券会社への個人投資家の問合せが増えている」との報道もありました(先週あたりのWBSか報道ステーションだったような…)。個人が買い出動するモチベーションは、高まりつつあるのではないでしょうか。悪材料出尽くしなどで株価に底入れの兆しが見えてくれば、市場に個人の資金が戻る可能性は、充分にあるでしょう。とはいえ、実際に動き出すのは、もうチョっと先になるかな?

 足元の業績悪化が危惧される一方で、世界的な株安が日本企業にチャンスとなる可能性もあります。
 1980年代末のバブル崩壊以後、銀行による貸し渋りに対応するため、日本企業は銀行に頼らない経営を志向してきました。借入金を返済しつつ、内部留保を積み上げてきました。特に2000年のITバブル崩壊以後、その傾向は強くなっています。内部留保が積み上がった企業はM&Aのターゲットになりがちなのですが、これに対しては、上記の株式持合いや各種の買収防衛策を採用して対応しました。この間、人件費削減等による収益力向上の一方で役員報酬を大幅増額する企業もあって、ガバナンス的にどぉよ?と思うトコロもありますが、結果として、企業の経営基盤はかなり安定化したと言えるでしょう。
 この積み上がった内部留保の有効利用が、次のステージにおける日本企業の課題となるでしょう。割安となった海外企業を対象としたM&Aは、有効な成長策となりえるでしょう。既に金融機関は、そうした動きに出ています。
 日本企業には、今回の危機をむしろ好機として捉え、成長に向けた戦略を考えて欲しいと思います。

2008年9月15日月曜日

ゲームの、理論。

 前々回のエントリで、若者に経営戦略論を教えていたトキの小ネタに触れましたが、ツイでですので、今回は本ネタを紹介します。対象となる企業は、スクウェア・エニックス(以下「同社」)です。

 同社のビジネスのカテゴリーは、家庭用ゲーム専用機向けゲーム、いわゆる「コンシューマゲーム」用ソフトウェアの分野です。
 産業としてのゲームは大きく、ゲームセンター向けの業務用、いわゆる「アーケードゲーム」と家庭用に分かれます。家庭用ゲームソフトはPC向けとゲーム専用機向けがあるのですが、日本では作品数・販売額共に後者が圧倒的に多く、「ゲームソフト」と言った場合、その多くがコンシューマゲーム用ソフトのコトを指します。

 同社は、旧スクウェアと旧エニックスの合併によって成立しました。スクウェアとエニックスの両社は、コンシューマゲームソフトの中でも、ロールプレイングゲーム(RPG)分野で、それぞれ「ファイナルファンタジー(FF)」シリーズと「ドラゴンクエスト(DQ)」シリーズという、他の類似商品を大きく凌ぐ看板商品を持つ、トップベンダーでした。任天堂のファミリーコンピュータから始まった家庭用ゲーム専用機の普及に伴い、両社は事業規模を拡大させてきました。

 状況が変わったのは、1990年代終盤です。
 1997年をピークに、拡大を続けてきた国内のコンシューマゲームソフト市場が、縮小に転じました。インターネットや携帯電話の普及に伴う余暇時間のうちゲームに割く割合の減少、少子化の影響、シリーズ長期化に伴う陳腐化等々、それには多くの要因が影響していたと考えられます。
 更に、両社自身の経営戦略の失敗が重なりました。
 スクウェアはCGアニメ映画「FINAL FANTASY」(2001年公開)に多大な予算(制作費約170億円)を割きましたが、興行成績は惨憺たる結果(日米合計約50億円)に終わり、大きな損失を蒙る結果となりました。損失自体はソニーコンピュータエンターテインメント(SCE)による増資でカバーしたのですが、そのコトはプラットフォーム選択の幅を狭める、戦略上の制限要因と言えるでしょう。プレイステーションの供給元であるSCEが大株主なのに、任天堂やセガ(当時)のゲーム機向けソフトは、出しづらいですょネ。スクウェアとしては、その制限を外したいモチベーションがあったと考えられます。
 また、それに先立つ1999~2000年には、商品戦略の問題から、有力クリエータの退社が相次ぎました。
 更に、2002年3月期には、続く市場縮小による販売量減少を受けて、販売子会社であったデジキューブの株式の一部を売却して持分法適用会社としたため、売上計上が減少しました。その後デジキューブは、2003年11月に破産してしまいました。
 一方エニックスは、海外販売を軌道に乗せることができない状態が続いていました。国内とは異なり、海外のゲーム市場は欧米を中心に成長を続けていたのですが、その恩恵を受けるコトができずにいました。
 また、主力商品であるDQシリーズの新作リリースが2~3年に1回であった上、DQに続く看板タイトルを生み出せなかったことから、業績が不安定でした。

 更に国内市場の縮小が進む環境下、2003年4月1日付けで両社は合併し、同社が成立することになりました(2002年11月26日発表)。
 カテゴリートップクラスの企業間におけるM&Aは、伸びていた市場が縮小に転じたトキの典型的な対応策です。守りのM&Aと言ってよいでしょう。最近でも、携帯電話販売の国内1位と2位(三井物産系のテレパークと三菱商事・住友商事系のエムエス・コミュニケーションズ)が2008年10月1日付けの合併を予定していますネ。
 スクウェアとエニックスはいずれも、コンシューマゲーム用RPGではダントツのトップクラス商品を持つ、最大の競合相手であったワケです。その両社の合併は、競争の緩和をもたらします。競合シリーズの商品リリース時期をずらすコトなどで、競争による販売機会の逸失を排除できます。合併以前は、FFシリーズとDQシリーズの発売が重なり、一方が売上を伸ばせなかったコトがありましたが、合併でそうした状況は避けられます。合併後の同社は、コンシューマゲーム用RPG分野ではオンリー・ワンと言ってよい立場になりました。

 更に2005年9月、同社はタイトーをTOBで買収し、子会社化しました(2005/8/22 TOB発表)。
 タイトーは、アーケードゲーム機の開発・製造・販売と、ゲームセンター運営が主たる業務です。同社とタイトーとは事業ドメインが異なる企業であり、多角化のカタチを取った、攻めのM&Aと言えるでしょう。
 もちろんトータルの事業規模を大きくするためだけではなく、シナジーも期待されていたことでしょう。2006年3月期分のアニュアル・レポートでは「多様なコンテンツ・サービスの提供手段を確保」したとの記載があるコトから、コンテンツの出口の多様化を志向したものであったと思われます。具体的には、同社製ソフトのゲームセンター版提供とか、同社が保有する漫画・アニメコンテンツのキャラクターを使ったアーケードゲームの開発とかいったトコロでしょうか。

 同社による買収以前、タイトーの筆頭株主は、電子部品メーカーの京セラでした。
 京セラにとってタイトーは、自社製電子部品のファーストユーザーとしての意味合いがあったと思われます。電機業界の総合化は、SETメーカーが系列下にPARTSメーカーを持つ例が多かったのですが、これはその逆に、PARTSメーカーがSETメーカーを傘下に置いた例と言えるでしょう。しかし、電機業界における総合化の意味が薄れてきました。この例では、アーケードゲームの変遷が、京セラがタイトーを保有する意味を低減させました。かつてのゲームでは、新機種導入時に機器を全て入れ替えており、多数の電子部品がその度に利用されました。その後、モジュール化が進んで新機種導入時に交換される電子部品の数が減り、更にアーケードゲーム機の中で、クレーンゲーム等の電子部品点数が少ないモノが増えてきました。京セラがタイトーを売るコトを決意したのは、こうした変化が背景にあったと考えられます。

 売られる側のタイトーも、危機的状況にありました。アーケードゲームは、グラフィック精度向上やマップ拡大等の既存ユーザーを向いた進化を続けてきたコンシューマゲームと異なり、シューティング→アクション→対戦格闘→3D対戦格闘→音ゲー→クレーンゲーム・メダルゲーム→カードゲームと、新機軸の導入を続けることで継続的に新規顧客を取り込んできました。その結果、ゲームセンター市場は安定的に推移してきました。タイトーはその中で大手の一角として一定の存在感を示していましたが、「電車でGO!」(1997年)以降のヒット作を生み出すコトができない上、カードゲームへの主力機器移行に出遅れました。売上増は維持していたものの利益が急減し、大きな変化をもたらす、なにがしかの対策が求められる状況にありました。

 同社によるタイトー買収は、買う側・売る側・売られる対象の三者にとって動機があった「イイM&A」の代表的事例として、私は評価しています(あくまでも買収時点において、ですけどネ)。

 こうして短期間の間に同社は、守りのM&Aと攻めのM&Aの両方を行いました。投資銀行的には、成長を目指した攻めのM&Aを高く評価したいのが心情なのですが(次のビジネス=ファイナンスに繋がりますしw)、市場が必ずしもそう見てくれるとは限りません。
 スクウェアとエニックスの合併時には、両社の株価が上昇しました。
 一方、同社がタイトー買収を発表した際には、同社の株価が一時的に上昇したものの、すぐ戻してしまいましたし、タイトー株はTOB価格(1株18万1,100円)に合わせただけでした。後者については、投資家の注目から外れていて、取引自体が細っていたという要因もありますけどネ。
 こうした状況から、市場は、競争緩和による効果は評価しても、多角化の効果が短期的に出る期待はできないと判断したと考えられます。

 結果としては、同社はタイトーというリソースを未だ充分活用できないままです。投資家のみなさん、大正解w 
 カラオケ事業からの撤退や、不採算店舗の閉鎖といったリストラ策で、2008年3月期にはタイトーを引き継いだAM等事業を黒字化しましたが、シナジーを出すには到っていません。
 正直、両社のリソース共用の面では、もうチョっとヤリようはあるんでないの?とか思ったりします。例えば、タクティクスオウガのカードゲーム版とか、同社の漫画・アニメのキャラクターを使ったFPSとか、逆にダライアスあたりをお題にとった漫画・アニメとか、いくらでもアイディアは出るでしょうに。また、直近では若年層のゲームセンター離れが進み、新たな客寄せの手段が求められている状況下、コンシューマゲームや携帯ゲームと連携させた大型筐体やカードゲーム・コインゲームなど、同社が打てるテはあるでしょう。
 まぁ、同社としては、アーケードのノウハウを時間をかけて熟成させる方向のようですし、長い目で見るべきでしょうネ。

 さてその後、2003年を底に国内ゲームソフト市場は下げ止まり、徐々に回復傾向を示すようになりました。2006年には、任天堂DS(2005年12月発売)をはじめとする新ハードの普及が始まり、市場規模が拡大しました。カテゴリー・オンリー・ワンとなった同社にとっては、非常に快適な環境となったワケです。一方で既存シリーズの移植に頼る商品展開で、中長期的な成長エンジンが見当たらない状況です。そうなると、近い分野に手を出して成長を図るというモチベーションが生じるのは、自然なコトでしょう。
 そこで直近の競合図を見ると……テクモ、コーエー、ハドソンあたりが、美味しい買収対象に見えてきませんか?
 実際、同社はテクモに対して手を出した(2008年8月28日 TOB提案)のですが、テクモはコーエーと手を結ぶコトで、コレをはねのけてしまいました(同年9月5日 同社提案撤回)。実は今回のエントリで「テクモかコーエーに手ェ出すんぢゃないの?」と書こうと思ってたんですが、先を越されてしまいまスた。それどころか決着までトットと着いてしまったワケで…お笑いですナ orz
 一方ハドソンはコナミの子会社であり、手を出しづらい対象です。
 現在のところ、テクモやコーエー以上に合併効果が期待できる、買い易い対象はなかなか見当たらず、M&A戦略は手詰まりと言わざるを得ないでしょう。資本提携・事業提携への機動的対応を目的として持株会社化を予定していますが(2008年10月1日実施予定)、具体的案件がすぐに出てくるかは、チョっと疑問です。ミドルウェアの会社を買うとか、ネットゲームインフラの会社に手を出すとか、受託開発会社との提携を深めるとか、選択肢はいくつか考えられますが、成長に向けて即効性のあるモノは、現時点では考えられません。
 当面は、FF/DQ両シリーズに続く目玉商品の模索や、漫画・アニメコンテンツの世界展開など、即効性は求められないケド真っ当な戦略を継続するコトで成長を図ることになるだろうと思います。

2008年8月31日日曜日

もうチョッと、付加価値連鎖。 +α

 前回は2種類の製造業における企業間バリューチェーンについて述べましたが、今回はもっと単純なバリューチェーンについて、少し語ってみたいと思います。
 ソの対象は、流通業です。商品の場所の移動が繰り返される毎に、付加価値=マージンが乗っていくワケで、製造業の垂直分業におけるソレより単純ですょネ。

 日本における流通の特徴は、その過程の複雑さです。生産者から消費者に届くまで、複数の中間事業者を通ります。代表的なモノが、生鮮食料品等の卸市場システムです。
 これに対して、欧米の流通は単純です。生産者と小売が直結しています。その間を、仲介業者(Agent)が仲介する形態が一般的です。
 んぢゃあ、どっちがイイか、つーても一概に結論付けられるモノではありません。単純に考えると、中間マージンが無い分、消費者にとっても小売にとっても生産者にとっても、欧米型流通の方が良さげに見えるのですが……

 消費者にとっては、絶対的な価格の安い方がイイというのはもちろんなのですが、それ以上に、急激な価格変動があると困る、つートコロがあります。給与所得には硬直性がありマスから。
 で、急激な価格変動が生じると、石油ショックのトキのトイレットペーパー獲得合戦の様なコトになってしまいます。直近のような、急激な燃料・原料価格高騰があった場合、欧米型流通システムだと、その影響が小売価格に直結します。
 これに対して、日本型流通システムにおいては、各流通主体がマージンを削るカタチで、出荷価格の変動を抑えようとします。その結果、消費者価格の変動が、相当抑えられます。テレビのニュースで、日本にいる外国人が「母国ではもっと価格上昇が激しい」つーてるのを見たヒトも多いでしょう。 試しに消費者物価指数の日米比較をしてみると……昨年(2007年)後半来の物価上昇局面において、確かにアメリカの方が日本より大きく物価上昇している月が多いですネ。

 それ以上に卸システムが機能するのが、流通業自体にとって、です。かつての流通システムは、図の例(農産品)で言えば、零細農家及び共同出荷団体としての地域の農協と小規模小売店(街の八百屋サンですネ)を繋ぐモノでした。そうした状況下で流通を合理化するためには、卸市場システム(卸市場において卸業者を介して商品が流通する仕組み)が有効でした。商品取引が集中するコトで、単位あたり流通コストは下がりますし、価格形成は公正化されますからネ。
 また、同一商品の在庫が流通過程の各企業に分散されるコトによるメリットもあります。例えば小売店では、同業同士で商品の融通が行われるコトもありますし、特定商品を複数の卸から調達するコトもあります。流通在庫というバッファが、品余り時の吸収余力にも、品不足時の供給元にもなっていると言えます。多層的な卸システムによって、個別の販売主体における在庫の極小化が為されているという考え方も出来るでしょう。

 もちろん、デメリットもあります。最大のモノは、上記の通り、マージンを取る中間事業者の数の多さによって、消費者にとって絶対的な価格水準が上がってしまうことですが、ソレだけでは無いと、私は思います。
 昨年(2007年)を通じて、食品偽装問題が世間を賑せました。その主体は、製造小売だったり外食だったり様々でしたが、加工卸業のソレが、最も数多く報じられたように感じます。
 ソの最大の原因は、大手スーパーなどの納品先からの価格引下げ要求に対応しつつ利益を確保したかったという動機だろうと思いますが、最終消費者のカオが見えない状況だったコトが、ソレに歯止めがかからなかった理由の一つではないかと思っています。
 スーパー等の小売店で起きた偽装については、逆に生産者のカオが見えない(=ドコから来たモンだか分かりづらい)状況から、売っているモノに対して誇りが持てないコトが、その原因の一つではないかと思います。

 そうした日本の流通システムに、変化が生じています。
 小売業の中心が、イオンやイトーヨーカドー等の、大規模小売店になりました。一方で、出荷団体である農協や漁協の合併が進みつつあります。この変化は、卸市場システムにおける、取引集中の意味を低減させます。
 そうした状況を背景に、卸市場を通さない、市場外取引が増えています(市場取引率が低下しています)。燃料・原料価格の高騰を背景とした中間マージンの排除のために、その傾向は加速するだろうと思います。
 最近でも、イオンが近畿・関東・東北の漁協との直接取引を始める方針を発表しましたネ。また、小売業者が個別農家と、契約農場のようなカタチで直接契約するケースも増えています。

 こうした変化は、小売店にとっては在庫リスクの増加をもたらします。よりシビアな需要予測が求められるでしょう。
 一方、生産者側の課題は、規模の拡大です。農協や漁協の合併が進んでいるとはいえ、そのセリング・パワーは、大手小売業のバイイング・パワーに対して脆弱と言わざるを得ません。より大規模な合併や、企業化の推進といった施策が重要になってくるでしょう。一次産業の企業化は、食料自給率向上策の一環として取り上げられるコトが多いのですが、バリューチェーン的な考え方からも、これを推進するコトが求められると言えます。


 さて、その食料自給率向上策ですが、最近取り上げられるようになったのは、やはり燃料・原料価格高騰による食料価格高騰がキッカケです。投機資金の流入やバイオエタノールへの穀物利用の拡大が原因として挙げられていますが、ソレらが一段落付いても、状況が大きく変わるかどうかは疑問です。世界人口の増加が続く上、新興国における食の欧米化の影響も無視できなくなってくるおそれがあります。食料自給率の向上は優先度の高い課題だと、私も思います。

 だいぶ前にWBSでUFJの五十嵐サンが「自給率を上げるには、肉と油を摂る量を減らして、その分コメを食べればイイ」とおっしゃっていたのが印象に残っています。ですが、さすがにコレは極論で(翌日、千葉商科大の斉藤センセも「元に戻すのはムリ」とおっしゃってましたがw)。タマには肉をガッツリとイきたいですょネ。
 とはいえ、食の主役はやはり農産物なワケで(酪農部門でも飼料が必要ですし)。まずは農産物の自給率向上が重要ですょネ。
 日本の農業が成り立たないのは、やはり、個別農家による小規模経営で、単位コストが高いコトが一番の原因でしょう。後継者不足も深刻化してきていますネ。
 コメとか小麦とか大豆とか、大量に必要とされる、生活の基盤になる食材については特に、企業の参入を促進して、生産コストを下げつつ、事業の継続性を上げるコトを考えるべきだと思います。
 地方の仕事にアブれたゼネコンを農業企業に転換すれば、雇用拡大(ひいては少子化対策)にもなると思うんですが、どうでしょう。元々、農家の次男以下の方々とかが地方ゼネコンの主戦力だったこともありますし、この転換には、大きなムリは無いだろうと思います。実際、そうした転換の事例も増えているようですし。つーか、建設業における倒産数が増加する状況下、行政府の支援でその転換を加速した方がイイんでないですかね。とりあえずは株式会社形式の農業法人による農地所有の制限緩和(イキナリ解禁は問題ありそうですが)とか農業生産法人の構成要件緩和とか。ツイでにこぅした策は、与党の票田対策にもなるんではないですか?w

 ただ、農業生産を拡大すると、コメ余りの加速が危惧されます。作るだけではなく、売る側にも工夫を講じる必要があります。パンや麺類などへの米粉利用拡大とか、企業参入促進によるコスト削減→価格引下げをヤりつつブランド米の輸出拡大を図るあたりが、まず取り組む課題になるんでしょうが……
 ワタクシ的には、米を原料とした生産物である日本酒の海外進出なんかは、考えて欲しい施策だったりします。まぁ、米の種類が違うワケですがw ただ現在は、税制とか相続とか商圏とか厳しい制限が多く、酒蔵や酒販業者による輸出拡大は、あまり現実的ではありません(宝酒造アメリカ工場製の日本酒がカナダで売られるなんつー、例外的な事例はありますが)。一時的な税収減を招くおそれがあるため、所轄官庁はそうした制限の緩和には積極的に取り組んでくれません。ソコはちょっと考え直して、日本文化の普及促進も絡めてやれば、外国からの観光客誘致にも、ヤりようによっては資本誘致にも繋げるコトができると思うんですが、どうでしょう。輸出増加でトータルの販売量が増えれば、結果として酒税収入も上がるでしょうし。オマケに、酒米は炭水化物含有率が高いそうなので、バイオエタノール原料としても使えないかなぁ、とか思ったりw

 ただ、いずれにしても、中長期的な方針をある程度定めた上で実現化する方向で進めないと、実現できるものではありません。変化の激しい昨今、さすがに「国家百年の計」はムリですが、例えば1年・3年・5年の短期~中期の目標や10年・30年といった長期のガイドラインを定めて、それを実行策にブレイクダウンする形にシフトすることが必要です。そうした目標を一般に公開するようにすれば、国民の理解も得易くなるでしょう。現在叩かれている年金・保険政策のようなコトも、少なくすることができるだろうと思います。
 もちろん、一度設定した目標を金科玉条のように奉るのはよろしくないワケで、それこそ常に見直しを加えていく必要があります。ただ、一般企業はそうした経営計画策定や目標の設定及び見直しをフツ~にやっているワケで(大手企業は公開もしてますし)、優秀な人材が揃っている政府や行政機関が出来ないワケは無いだろうと思うんですけど…
 政府の「骨太の方針」も、最近では数値ベースの明確な目標を提示しなくなってるし、もうちょっと分かり易い形にして欲しいものです。

2008年8月21日木曜日

二つのバリューチェーン

 今回のタイトルの「バリューチェーン(価値連鎖)」とは、経営学の観点から企業活動を捉える概念の一つです。
 そこではまず、企業活動を主活動と支援活動に分けて考えます。支援活動には、全般管理(インフラ)・人的資源管理・技術開発・調達活動が含まれます。主活動を更に、購買→製造→出荷→販売→サービスという一連の過程に分けて考えます。
 この全体がバリューチェーン・モデルなのですが、ここでは「企業活動を、複数の付加価値を生み出す過程が一連の流れを為すものとして捉える」位に考えて下さい。

 バリューチェーン・モデル自体は個別企業の経営モデルであり、主活動を構成する各要素の効率化が、企業の競争力向上に繋がると見るものです。
 しかし、多層的な階層構造をとり、最終ユーザーに到るまで複数の企業を介するような産業(要は垂直分業体制にあるトコですネ)では、企業間取引において、バリューチェーン・モデルに準じた考え方が適用できると、私は考えています。
 ですから私は、かつてIPOアナリストとして取材させて頂いた未上場企業サンのうち、それが適用できるような状況にあると思しき相手には、営業戦略として「直接顧客の一つ先にアプローチしましょう」とか「最終顧客の二つ手前にあたる企業に訴えかけましょう」とか提言するカタチで、バリューチェーン的な考え方をするコトをアドバイスしてきました。
 まぁ、大概の企業サンは直接顧客に対応するのが精一杯で、そうした提言を受け入れられるトコは極めて少なかったようですけどネ。

 さて、過去に数回のエントリを費やして扱ってきた電機業界では、部品(PARTS)→機能部品(DEVICE)→最終製品(SET)という多層構造が成り立っています。
 かつてはSETメーカーとしての総合電機及び総合家電企業による系列化等のカタチで、その多層構造が垂直統合される方向にありました。これに対して、ここ十数年来の動きとして「脱総合化」の動きがあるコトを、以前のエントリで述べました。
 従って電機業界においては、企業間バリューチェーン・モデルが成り立つのではないか、という仮定を立てるコトができます。

 ところで電機業界では、バリューチェーンにおける付加価値の源泉に関して、ある特徴が指摘されています。「スマイルカーブ」と呼ばれるモノです。
 スマイルカーブ自体は、台湾Acer社の創業者サンによって提唱されたもので、PCメーカー単一企業あるいは当該企業グループを想定したものと考えられます。ココでは、主活動を企画→部品調達→製造→販売→サービス(メンテナンス等)に分けて捉えます。そして、縦軸を各過程の付加価値とし、左側が上流、右側が下流という流れに各過程を配したグラフを描く場合、笑ったトキの口のようなカーブになるとされます。
 PCは電機業界の中でも主要な部分となっており、また、脱総合化の過程で行われた標準化によって、他の機器も含めた電機業界全体が、近い性格を持ち合わせているコトが想定できます。もしソレが正しければ、電機業界における企業間バリューチェーン・モデルでスマイルカーブが描けるコトになります。

 そこで、電機業界に関わる企業の付加価値率(ココでは経常利益率)を縦軸とし、横軸に電機業界に属する各企業を、左に上流、右に下流という形に配して、グラフを描いてみます。またココでは、業態の流れを上流から基礎技術→部品→製造→販売としてみました。
 チョっと前の業績を元に、このグラフを作ってみると、まぁ大体、スマイルカーブを描けていると言えるでしょう。実はコレ、若者に経営戦略論を教えるトキの小ネタの一つに使っていましたw
 ちなみに直近(2008年8月20日現在を基準)の業績を使ってグラフを描いて見ると……携帯電話技術提供企業の業績悪化と赤字SETメーカーの「選択と集中」による業績回復で、大分フラット化されてはいますが、一応スマイルカーブに見えなくもないかな。
 とりあえずは、電機業界の企業間バリューチェーン・モデルを否定するコトはできない、位は言ってよさそうです。

 この状況から、最も付加価値の低い製造工程の企業がどうすればソレを上げるコトが出来るか、という課題が見えてきます。
 単純に考えれば、両側に位置する、より付加価値の高い部分を取り込むコトです。具体的には、直販化と部品の内製化ですょネ。
 直販化は、ネット販売のカタチで各メーカーとも取り組んではいますが、主要販売網の一つとはとても言えない状況です。量販店との関係もありますので、積極的に拡大するコトは、かなり難しいでしょう。
 一方、部品の内製化については、最近になって各メーカーが積極的に進めてきたモノがあります。薄型テレビにおける、パネルの内製化がソレです。
 薄型テレビにおけるパネルの内製化については、いくつかの要素で語られています。

  • 需給の問題~完成品(SET)であるテレビの需要の伸びに対して、機能部品(DEVICE)であるパネルの供給が足りない。
  • 価格の問題~テレビSETのうち、パネルDEVICEの価格が占める割合が最大であり、SETの価格決定要因として大きい。
  • 差別化の問題~テレビSETの差別化要素である画質に対して、パネルDEVICEの影響度が大きい。
等といったところですが、バリューチェーンの考え方からも、ソレを説明できるというワケです。

 さて、コレと同じ分析を、産業ピラミッドのもう一つの頂点である、自動車業界でやってみると……スマイルカーブは描けません。
 電機業界との違いとして最も目立つのは、SETメーカーの優位性ですね。
 これは、標準化が進んでいる電機業界と異なり、自動車業界がいわゆる「擦り合せ型」産業であるコトが大きく影響していると思われます。SETメーカーが仕様を決定し、系列下の部品メーカーがソレに沿った部品を作る。スマイルカーブにおける、高付加価値の「企画」機能を取り込んでいるコトが、自動車業界においてSETメーカーの付加価値が高い原因という説明をするコトができます。
 問題は、いつまでその状況を維持できるか、というコトです。

 自動車業界は、二つの大きな課題に直面しています。一つは発展途上国での普及拡大、もう一つはガソリン内燃機関から次世代技術への移行です。
 発展途上国における普及拡大は、先進諸国の景気減退によって、自動車メーカーにとって、より重要になっています。ただ、それを促進するためには、価格を下げて販売量を増やすコトが必要です。そのためには、電機業界が進めたような標準化が、ある程度必要になってきます。
 発展途上国の中でも市場拡大期待が大きいのがインドと中国なワケですが、後者では既に、地場の小規模メーカーが多数乱立している状況です。そうした状況を背景に、自動車部品の国産化という国策も相まって、自動車産業の標準化が進みつつあります。同一規格のエンジンを複数メーカーが生産するようなコトが、始められています。部分的にではありますが、自動車産業の「組立型」化の方向性が見え始めています。そうした変化が進んだ場合、SETメーカーである自動車メーカーの得る付加価値が下がってしまうおそれがあります。
 以前述べたように、自動車には大量生産品としての方向性と嗜好品としての方向性があるワケですが、コスト効果が重視される業務用車両(トラックとか商用バンとか)では前者が重視され、標準化による組立型産業化の方向に向かうのも止むを得ないかな、と私は思います。
 また、次世代技術への移行は、電気自動車に対応するための充電施設や燃料電池車のための水素ステーション等が必要となる、社会インフラ全体に影響を及ぼすモノです。この大掛かりな変化は、自動車メーカーが単独で対応できるものではありません。複数の業界を巻き込んだ統一規格を策定するカタチでの、標準化の推進が必要でしょう。
 こうした状況下で、日本の産業の牽引役の一つである自動車メーカーが、如何にして差別化を図るかという点は、注目に値すると思います。

2008年7月31日木曜日

ヤマダ電機よ何処へ行く?

 北京オリンピックを目前に控え、薄型テレビ商戦が続いています。私も買っちゃいました。日立の37インチ薄型液晶。私がソイツを買ったのは上新電機のネット通販なんですが、今回はソコではなく、同業で代表的な企業つーか最大手のヤマダ電機(以下「同社」)を取り上げます。

 同社は現在、総合小売の大手二社(セブンアンドアイとイオン)に次ぐ売上規模を誇る、専門小売としては最大手の企業です。特筆すべきは、その成長の早さです。ここ10年間で、売上が7倍以上、利益(経常利益ベース)が12倍以上になりました。

 小売の成長モデルとしては、大きく分けて二つの方向性があります。一つは売る場所を増やすこと、もう一つは売るモノの種類を増やすことです。
 前者の方法には、店舗の数を増やすのと、個々の店舗を大型化するものがありますが、大概は両方とも進めていきます。尤も、既存店舗の拡張には限界がありますので、新規店舗として、より大型の店舗を出店するのが一般的です。結果として、まずは店舗数を増やすことが、小売業における基本的な成長戦略となります。
 同社の場合を見てみると、売上増と店舗増がキレイにリンクしていることが判ります。結構高い相関性を持って、出店増による売上拡大を実現しています。とはいえ、ドコでもどんどん出店していけばイイかというと、もちろんそういうワケぢゃない。

 小売屋サンをちょっと調べてみると、その超ドメスティックさに気付きます。同じモノを売るんでも、東京の学生サンに売るのと大阪のオバちゃんに売るんぢゃあ、同じヤり方でウマく行くハズがない、つーコトですな。
 同社の場合は、事業のスタートが群馬なコトから、関東エリア及び隣接する中部エリアが得意なトコです。2000年3月期には、店舗数・売上共に70%以上が両エリアのものでした。その後、出店やM&Aによってその他のエリアでの店舗を増やしたとはいえ、2007年3月期に到っても、両エリアで店舗数及び売上の過半を占めています。特に、関東エリアの占める位置付けが依然として高い点が目立ちます。しかし、これまでの出店戦略は、限界に近づいています。

 同じ商品を扱う店舗が近くにあった場合、顧客の取り合いになります。もともとの同社の出店戦略は、他社既存店のそばに、より大きな、品揃えの良い店舗を作って、ソコのお客さんを奪ってしまうというモノでした。他社との競争ならまだよいのですが、店舗が密集してしまうと、自社店舗同士での顧客の取り合い(カニバリゼーション)が生じるおそれがあります。
 私はさいたま市南部在住なのですが、ウチからクルマでちょいと行ける範囲に、同社の店舗が5つありますw 既に「カニバリ★上等」な状況と言えるでしょう。この地域には同社以外にも、でんきちやらコジマやらケーズやら、同業他社の店舗が数多くあります。さすがに、飽和状態と言わざるを得ません。
 それでは周辺地域に行けばイイかというと、今度は地域人口が少ないので、出店効果が下がってしまいます。関東以外の地域では、そのエリアを得意とする電器屋サン(中部・中国地方のエディオンとか、関西の上新電機とか)との競合が生じます。
 また、ガソリン価格の高騰で自動車利用の減少傾向が出てきており、郊外の幹線道路沿いに出店する「ロードサイド型」の戦略を取って来た同社や同業他社には、逆風が吹いていると言えます。

 そこで注目されるのが、いわゆる「都市型店舗」の展開です。上記のロードサイド型に対して、主にターミナル駅の徒歩圏に出店するのが、都市型店舗です。ただ、カテゴリー分けされているというコトは、既に当該分野に競合他社があるワケで。カメラ屋さん出自の、ヨドバシカメラやビックカメラ(以下「ビック」)等が、コレにあたります。ここでも同社は、池袋や高崎でビックの目の前に都市型店舗「LABI」を出店して、ケンカ売ってますw

 とはいえ、同社が得意なロードサイド型と、ビックみたいな都市型では、チョイとビジネスの有り様が違います。ソレが端的に現れているのが、商品群別売上構成。電器屋サンの成長が、PC及び携帯電話の普及や、その後のAV家電のデジタル化による代替を背景としてるため、AV機器が結構な割合を占めてるのは同じなのですが、それ以外がチト違う。
 ロードサイド型だと、週末にクルマで乗り付けた家族が、冷蔵庫とかエアコンとかの白物家電を買ってくイメージ。一方の都市型は、単身者がノートPCとか携帯電話を買って、ソレ持って電車に乗って帰るイメージで捉えると、大体合ってるんでは無いかと。
 また家電以外の部分も、ビックのソレは同社のソレの倍以上の比率を占めています。例えば有楽町ビックにはゴルフ用品売り場があって、平日の昼間からおぢさま達で結構賑わってたりする(私が立ち寄ったトキにたまたまそうだったのかもしれないスけど)んですが、同社にソレをすぐヤれつーても、無理というモンでしょう。
 後発の同社が、中心顧客層の違いから生じる、売りモノの違いによる売り方の違いをフォローアップするには、ちょっと時間を要するんではないでしょうか。それから、都心部だけに土地確保の問題があって、コジマとかラオックス相手にうまくいった「後からもっとデカい店を出す」テが使いにくいのも、同社にとってはツラいトコですね。

 私自身はLABI池袋には行ったコトはないのですが、LABI新橋は行きました。ちょっと前に、とある金融機関に面接に行った帰りに(ソコは2次面接でハネられちゃいましたorz)寄ってみたんですが、あんまりパッとしないなぁ…つーのが第一印象。LABIなんばの苦戦も伝えられていますし、もし機会があれば「ぶっちゃけLABIどうョ?」つーのは訊いてみたいトコですねぇ。

 というコトで、従来の成長戦略は壁にぶち当たりつつありますし、都市型店舗展開をウマくやるには、もうちょっと時間がかかりそうです。そんな中でも、高成長を背景に外人サンの持ち株比率が高まっちゃった同社としては、ソレが売られるのを防ぐ意味でも、継続的な成長戦略が必要なワケで。必然的に、二番目の成長戦略である、売りモノの種類を増やすコトを考えることになります。
 最近では自動車販売への参入なんゾを発表して話題になったりしてマスが……私としてはその前に、既に買った会社のリソースの有効利用を考えた方がヨカったんぢゃない?とか思ったりします。

 自動車をロードサイドの電器店で売る、つーコト自体は、悪くない発想だと思います。来店する顧客はクルマで来るワケで、その時点で自動車販売の潜在顧客。価格面での優位性が重要なのはもちろんですが、それ以外に、駐車場なり屋上なりで複数メーカーの同ランク車を比較試乗できる、とかの差別化要素を打ち出せればイイ。ついでにカーオーディオとかカーナビなんかのアクセサリ電機類も合わせて売れば、もっとイイ。ですが、既存店でソレをできるトコは少ないでしょう。新規店が中心になるんでしょうが、出店限界が近い上に自動車利用自体が減少傾向にある状況下では、成長戦略としての有効性には疑問符が付きます。ソレよりも、都市型店舗での取り扱い商品の差別化が効くんではないかと思うんデスょ。
 その意味で、2007年9月に、キムラヤセレクト(以下「キムラヤ」)を同社が買収したコトには注目してたんですが…。

 ブランド物の衣料品やバッグ・アクセサリを扱ってたキムラヤは、電器店の業態転換としては成功例だったと思います。携帯電話の近くにブランド物のネクタイが置いてあるのは、面白い空間でした。ケータイの様なライトな電気製品とブランド物って、購買層がかなりかぶると思うんです。商品の選択基準でカタチだったり色だったり手触りだったりが優先度高い点も、同じですょね。例えば、ブランドスーツの展示用マネキンの首からストラップでケータイ下げて展示するとか、PRADAのバッグとPRADA携帯を組み合わせて売るとかがあっても面白かったんじゃないでしょうか。まぁ実際は、ブランド物の取り扱いは縮小する方向のようですが。
 また、キムラヤにはドラッグストア部門もあります。電機の中でも衛生・美容・健康用品と合わせた売り場展開なんかも考えられたんではないでスかね。

 それから、2002年に買収した、ディスカウントストアのダイクマのノウハウも、使わないともったいないでしょう。電気製品だけであれば取引先は限定的で、これまで同社が伸びてきた一因である、パワーゲーム(ココでは、大量販売を背景とした、仕入先との値下げ交渉)を通じた原価低減でイけます。しかし、多品種展開をするなら、そうはイかない。バイヤーの育成とか問屋との関係構築とか、ヤらなきゃいけないコトはいっぱいあるワケですが、ソレってダイクマでは既にヤってるハズですよね? ロードサイド店で多品種展開するなら、自動車よりも、例えばインテリア家具(確かダイクマで扱ってたと思うんデスけど)なんかの方が、親和性は高いでしょう。それ以外にも、食品類の売り場で調理家電をデモする、なんつーのもアリかもしれない。

 ……などと、その可能性についてイロイロと考えるコトは出来るんですが、いずれにしても、予想にすらなってません。
 株価のリカバリーもインデックスより大分遅れています(2008年7月末時点)し、同社自身が新たな成長戦略をアピールするコトが、そろそろ必要なんぢゃないですか?

2008年6月19日木曜日

三洋電機の憂鬱 +α

 前々回は電機セクターのうち、勝ち組企業(三菱電機)を取り上げましたが、今回は負け組企業を取り上げます。

 電機セクターの全ての分野を扱う総合電機以外にも、電機メーカーは数多くあります。重電では富士電機や明電舎、産業分野では空調のダイキンやロボットの安川電機、情報機器ではNECや富士通、半導体の京セラやロームなどなど…
 それらの中では、薄型テレビやデジタルカメラなどデジタル家電のコモディティ化で、民生部門の収益が悪化しています。その影響を蒙った企業としてはパイオニアや日本ビクター等が典型的なのですが、その中で今回は、三洋電機(以下「同社」)にスポットをあててみましょう。

 民生用電機すなわち家電分野で代表的な企業は、白物を含めて幅広い分野をカバーする「総合家電」の松下電器産業と、AV機器を中心とするソニーの二社です。その下に総合家電の同社とシャープが続き、更に下位にAV機器メーカーのパイオニアや日本ビクター、ケンウッド等が位置します。
 下位グループに負け組企業が多いのは、商品の価格低下で、体力の少ないトコが先にバテているというコトでしょう。同社の場合は、理由はソレだけでは無いですけど。

 子会社減損計上の厳格化を理由として同社は、2007年末に過年度分の決算修正を発表しました。修正は単独分だけだという発表でしたので、連結は時系列比較できるだろうと見てみると……コレが出来ないんデスorz
 同社の決算では、2006年3月期分以降、撤退した事業については「非継続事業」として損益通算して開示しています。前期分も同様の処理をするので、二期分の比較をすることは出来るのですが、中期的に掘り下げた分析は出来ません。
 2007年3月期業績については、同期の決算短信と2008年3月の決算短信で、だ~いぶ違ってきています。2008年3月期には携帯電話事業を京セラに売却しました。当該事業は、同社の中ではカナ~り、大きなものであったと推測されます。コンシューマ部門の売上計上減少分がすべてソレだと仮定すると、(1,017,682-684,595)÷2,215,434で、ざっくり15%。こりゃデカい。これだけデカいモノを無視して、時系列分析するワケにはいきません。

 時系列がダメならセグメント別で、と考えてみても、それも出来ません。例えばコア事業として位置づけられるコトになった半導体事業の状況を見ようとすると……コレも分かりません。半導体事業はコンポーネント部門に含まれますが、その内訳は開示されていません。

  • 2006年3月期:「半導体では、新潟県中越地震の影響から新製品開発が遅れ、顧客からの受注が震災前の水準まで戻らなかったことにより、売上は減少した」

  • 2007年3月期:「半導体は、製品の選択と集中などこれまで進めてきた構造改革の結果、売上は減少した」

  • 2008年3月期:「半導体は、市場環境の悪化と価格下落の影響により、売上が減少しました」

と、状況を極めて簡易にw説明しているのですが、これでは何も分かりません。ファクトブックではもう一段細かい区分による開示になっているのですが、それでも「電子デバイス」という区分で、半導体と一般電子部品がまとめて扱われていますし、何より直近期の情報が分かりません。
 まぁ、セグメント情報が細かくないのは、同社に限ったコトではないですけどネ。

 というワケで、現時点で同社を分析しようという試みは、憂鬱な結果になってしまいマス。ファンダメンタルズを見て同社への投資を判断するには、非公開情報が手に入る立場にないと無理ですねぇ。

 さてこの様に、業績情報の開示という面で憂鬱な同社ですが、業績自体も、置かれた環境も、経営組織の問題も、何れ負けず劣らず憂鬱です……というのが今回のお題w
 有価証券報告書や決算短信に記載されている業績の時系列推移で、同基準で評価できるのは売上高と当期純利益だけですが……かつて同社とほぼ同格であったシャープと比べると、その差は歴然です。
 依然としてデジタル家電の急激な価格低下が進む中で、同社が得意とするコンパクトデジカメは特に、アジアメーカーの低価格製品との競争に晒されています。機能や性能での差別化の訴求力は弱く、収益の改善は困難です。コンデンサや洗濯機など、個別プロダクトで優位にある商材はあるのですが散発的で、全体としては商品力の低下が続いています。一方で、新潟地震の影響、経営陣の交替、提携戦略の混乱など、経営は迷走を続けています。電池や洗濯機などで、製造不良の問題も注目を浴びてしまいました。この状態から同社を立て直すのは、一朝一夕には行かないでしょう。

 こうした状況下、同社に手を差し伸べた、いや手を出したのが、ゴールドマンサックス証券(GS)、大和証券SMBC、三井住友銀行の金融三社です。2006年3月に優先株の形で出資したのですが、もちろん慈善事業ではなく、目的はソレによる利益です。

 投資銀行やファンドといった、金融機関による対企業投資案件の仕上げ(エグジット~exit)には色々あるのですが、最終的には保有株式や債権等の金融資産ないしは投資対象企業の保有資産や事業等を売却して、投資資金を回収します。
 投資先が成長企業であれば、放っておいても株式が値上がりし、利益が発生します。しかし問題企業の場合には、何がしかの手を打たないと収益を生みません。代表的なものが、経営者を送り込んだり顧客を紹介したりして事業を建て直すコトで投資対象企業の価値を上げる、いわゆる「再建」です。そうでない場合にはそのママ他者に売却するのですが、買ったものをまるごと売却しても利益が出るコトは考え難いので、売り方に工夫が必要です。そのひとつが事業分割等による切り売りです。「仕入れた魚を売るのに、一尾まるごと売るより切り分けて売った方が高く売れる」なんて言い方をされたりします。

 金融三社が支援に入った時点で、エグジットは切り売りだろうなぁ、と感じました。残るのは、三洋電池(仮称)+三洋オートモーティブ(仮称)+α程度かなぁ…とか。同社の状況は前述の様にgdgdですし、1980年代のアメリカにおけるLBOを用いた企業切り売りの流行を経験しているGSが入るとなれば、そう感じるのも不自然ではないだろうと思います。
 実際、2007年には半導体事業の売却が話題に上りました。結局うまく行かなかったのですが、いまだに不思議に思うのは、最後まで同事業の一括売却にこだわった点です。まぁ確かに、一括売却出来れば、投資した金融三社にとっては、楽に儲かるコトにはなりますが。金融三社の担当者があまり半導体に明るくなかったのか、GS内部に蓄積されているであろう企業分割のノウハウを日本側で利用できなかったのか、原因は分からないですけどね。

 「半導体」と一言で言っても、その範囲は非常に広いのですが、同社の様な電機メーカーが扱うのは、半導体を用いたICやトランジスタなどの電子部品(Parts)や、ソレを組み合わせた機能部品(Device)です。最終製品に使われてナンぼ、なワケです。だからこそ、以前のエントリで述べたように、かつての電機セクターにおいて「総合化」の意味が大きかったのですが、それも今はムカシ。
 で、同社の半導体製品はどぉかというと……三洋半導体のWebページを見ても、「幅広くヤってますねェ」くらいしか分からない。とはいえ、同社の最終製品で主要なモノというと、まず洗濯機とデジカメなワケで、それらを中心とした商品を頂点とした産業ピラミッドを支える製品群が主力であろうと推測されます。
 コレをまとめて売ろうと思うと、その相手は限られます。事業会社であれば、洗濯機=白物家電とデジカメ=デジタル家電の両方をヤってるトコ…総合家電や総合電機です。半導体全般を扱うメーカーも対象になりますね。あるいは、そういうトコロに売却するコトを前提で、ファンドや投資銀行。話題にのぼったのは、ロングリーチやアドバンテッジパートナーズといったファンドでしたね。それがダメとなったら一転、「半導体はコア事業」と言い出した変り身の早さは、見習うべきかもしれませんがw
 ただ、ソコであきらめてしまわずに、もっと細かく分割して、事業会社に売却するコトを考えた方がヨカったんではないかなぁ、と私は思います。例えば製造と販売とか、適用する最終製品の種類別とか、分け方はいくつもありますが、細かく切り分けた方が個々の売却金額は下がり、買収可能な企業が増えます。そうすれば、M&A実現の可能性も上がりますし、競合となれば価格も上がるでしょう。撤退してしまった有機EL事業だって、個別売却に出せば、買ってくれるトコロはあったんではないでしょうか。

 金融三社の出資から2年が過ぎ、そろそろ資金回収を本格的に考え出す頃でしょう。特にGSは足元のアメリカがおぼつかない状況なので、ココでの収益は最大化したいハズだと思います。携帯電話事業の売却で多少はリターンを受けたでしょうが、まだまだ足りないと考えているでしょうね。いずれは、電池事業や自動車関連製品事業の売却を打ち出してくるのではないでしょうか。そうなると、金融三社が手を引いた後、同社の成長戦略が描けなくなってしまうおそれがあります。

 同社の憂鬱は、まだ続きそうですね。


 ところで私が前回のエントリをアップロードした日(6月2日)、楽天がCS放送子会社の楽天TVをオリックスグループに売却してしまいました。TBSに対するアクションも見られなくなってしまいましたし、ど~やらメディア企業としての活動は縮小方向に向かっているようです。ネットユーザーのテレビ離れの進行や権利保護制度の混乱など、かつてよく言われた「ネットとテレビの融合」が進む気配すら見えない状況下、仕方のないコトかもしれませんが…メディア企業としての楽天に期待していた私としては、ちょっとガッカりです。

 それからチト古いハナシ(5月12日付け発表)ですが、古川電工が文書作成にOpenOffice.org(OOo)を採用することにしたそうですネ。よくまぁ、思い切ったコトをしたモンです。このblogではMSのOffice PersonalとOOoのプレゼンツールを使ってるんですが、後者の使い勝手はパワポに遠く及びません。提案用プレゼンを作る部署がヨく受け容れたモンだと思います。
 とりあえず6月3日に公開されたIBM版OOoであるLotus Symphonyをダウンロードしてあるので、次回はソレを使ってみるつもりです。あと、もぅちょっと経てばOOoの新バージョン(3.0)がクルはずですが……少しは良くなってるとイイなぁ。

2008年6月2日月曜日

株価についての、よしなしごと

 前回初めて、このblogで株価について触れました(チョットですけどw)。今回はそれに関して、うつらうつらと考えたコトを、徒然なるままに書いてみます。

 そもそも株価とは何でしょうか。理念的なものから卑近なものまで、色々な捉え方が為されています。その中の一つに、会社(の一部)に付いた値段、というものがあります。それに発行済み株式総数を掛ければ、会社全体の値段=時価総額となります。まぁ、実際その値段で買収されるコトは少ないんですけどね。時価総額は、いわゆる「企業価値」と呼ばれるモノの代表的なものです。


 一言に「企業価値」と言っても、それは対象企業との関わり方によって様々です。顧客から見た価値、従業員から見た価値、取引銀行から見た価値、納入業者から見た価値……それらはそれぞれ異なり、かつ流動的です。
 それらの中で時価総額は、情報としてオープンであるコトと評価者の数が多いコトが大きな特徴です。そうした要因から、時価総額は「企業価値の最大公約数(≒共通認識)」的なモノと言えると思います。
 そうであるからこそ、時価総額あるいは株価を、他の要素で説明する指標が、古くから数多く生み出されてきたのではないでしょうか。PER・PBRから、QレシオやPSR、EV/EBITDA等々…

 また、株価を予想する「モデル」も多く作られています。直近までの株価上昇期には、DCFやEVAを用いた、いわゆる「理論株価」が注目を浴びました。
 これらのアプローチは、事業が生み出すキャッシュフローや付加価値の積み重ねを現在の価値に割り引いたものを「事業価値」と捉えます。そして、事業価値と金融資産価値の合計を企業価値とし、それが時価総額とイコールになるという考え方です。まぁ試しにはじいてみると、理論株価が実際の株価より高く出る場合が、結構多かったりします。

 これには様々な理由が考えられますが、想定投資期間の差も、その一つと言えるでしょう。
 DCFやEVAという事業価値モデルでは、企業をGoing Concernとして捉え、無限期間を想定しています。一方、市場で行われる個々の株式投資は、無限ではありません。ある程度の期間にある程度の投資収益を求める、有限期間の行為です。同じモノを扱う上で、無限期間を想定するモデルと有限期間のモデルでは、前者の方が高くなる傾向が出てきてもおかしくない、つーか、その方が自然でしょう。
 但し、その「ある程度」の期間を、投資する時点ではっきりと認識している投資家は極めて少ないでしょうし、仮にそうであっても、後に変更するコトが多いと思われます。モデル化は極めて困難です。株式に対する投資期間に関する調査結果をドコかで見た覚えはありますが、全体に関する調査だったと思います。ソレを個別銘柄に適用するのは、さすがにムリがあります。

 また、投資家が求める期待収益も、把握するコトは極めて困難です。
 おそらく、多くの投資家、特に個人投資家の方々は、明確な収益期待を持って投資を行っているワケではないでしょう。なんとな~く、儲かりそうな銘柄に手を出しているコトと思われます。それでも、その「なんとな~く」には、「銀行預金やMMFよりは多くあって欲しい」とかの、あいまいな形での期待収益概念が含まれているだろうと思うんデスょ。さもなければ、わざわざリスクの高い資産に手を出さないでしょう。

 もし投資期間と期待収益(利回り)を考えるコトができれば、株価は利付債の理論価格と同じように形成されると想定するコトができます。投資期間経過後の理論株価は、その間の期待配当も含めて期待利回りで割引いた現在価値が、現在の株価となるようにすれば求められます。
 問題は上記のように、想定投資期間も期待利回りも分からないコトです。
 無理矢理求めるとしたら、代替要素としては、過去の実績を用いるしか無いでしょうね。投資期間については、取引所とか証券会社(あるいは系列のシステム会社)の扱っている売買トランザクションデータから、個別銘柄について平均保有期間のサンプルが取れるでしょう。配当は直近の実績を使うしかないかな?と思います。対象企業が予想を出していれば、それを使ってもいい。利回りも直近実績を使えばいいでしょうが、安全資産利子率を引いた超過収益率や、DCF法と同様の資本コスト(WACC)を使ってみる手もアリでしょう。色々試算してみて、落ち着きのいいトコロを使えばいいと思います。
 ~てな風にヤってやれば、形式的には算出することができるハズですが……労多くして益少なし、つーか、かかる手間とコストの割りに信頼性の低いモデルになりそうだなぁw

 さて、「ファンダメンタルズ」と呼ばれる企業の経営指標群や様々な経済指標から株価評価を行う職種が、「証券アナリスト」と呼ばれるものです。彼らのレポートでは例えば、「PER×0.5+PCFR×0.3+EV/EBITDA×0.2で見て、目標株価○○○円」なんて書かれたりすることがあります(ココで例示した指標と掛目はテキトーです)。
 なんつーか、理論付けに苦労してるな~、と思います。
 私も15年以上前に就職して以来、延々と「証券アナリストをやらせて欲しい」と会社に訴え続けてたんですが、結局ヤらせてもらえませんでしたorz (まぁ、ソレが退職の一因ではあるのですが)
 でも、最近の当該職種は、私の就職当時とは性格が変わってきているようですね。私が求めていた仕事とは、微妙に違っているような気もします。

 色々述べてきましたが、実際に個人として銘柄を見る上で私が使うのは、結局のところPERだったりしますw なんだかんだ言って、一番長期的に妥当性が高いように感じるんですョ。
 ただ、それがあてはまらなくなるのが、株価の上昇局面です。資金が流入して、PERで説明可能な範囲を超えて株価が上昇する段階になると、他の説明要因が求められます。1980年代後半のバブル期には企業の含み資産が注目され、Qレシオが使われました。2000年前後のITバブル期には、先行投資によって利益をあげられないIT企業を評価するため、PSRが使われました。直近の株価上昇期にはキャッシュフローが重要な評価基準となり、DCF法が理論株価算出に利用されました。
 次の株価上昇期には、どんな指標が使われるでしょうか。それを見つける(あるいは提唱する)金融機関や調査機関が、先行者利益を得ることになるでしょう。

2008年5月29日木曜日

ダイヤモンドは鈍く輝く~三菱電機

 電機業界における総合化の意味の低下を扱った回では、三菱電機(以下「同社」)の携帯電話事業撤退に触れました。
 電機と一言で言っても、その範囲は幅広く、非常に多くの種類の製品が製造・販売されています。これを産業として捉える場合、いくつかの製品群に分けて考えることが多いのですが、PCや携帯電話などの情報機器、洗濯機や掃除機などの白物家電、FAシステムや工場用電子機器といった産業用電機、発電システムやエレベータ・エスカレータをはじめとした重電などが、これにあたります。
 それら全てをカバーする企業を「総合電機メーカー」と呼びますが、その区分に入るのは、日立製作所(以下「日立」)・東芝・同社の三社です。


 これら三社の業績の推移を見ると、三者三様の変化を見て取れます。
 事業規模を拡大する日立ですが、利益面では二期連続の当期純利益ベースでの赤字を計上しています。東芝は売上面での拡大は日立ほどではありませんが、利益面では順調な伸びを示しています。一方同社は、売上は横這いから微増という程度ですが、東芝と同等の利益の伸びを見せ、利益率の面では三社で最も高い水準にあります。

 こうした変化の要因に、三社の事業構成の違いがあると思われます。

 三社が公開するセグメント情報が異なるので、厳密な比較はできません。ただ、産業向け・民生機器・サービスその他という形に大きく分けて考えることはできます。そうした比較をした場合、同社の産業向け比率の高さが際立っています。
 民生機器における、薄型テレビの急激な価格低下に代表されるコモディティ化の影響を同社が最も受けていないというコトが、現状にいたる要因の一つと言えましょう。


 さらに、同社のセグメント別利益率の推移を見ると、この間に対売上比率で最も増えた産業メカトロニクス分野の利益率向上が目立ちます。再編によって不採算事業を切り捨てる一方で、儲かるようになった事業が売上を伸ばした結果が、総合電機の中における現在のポジションに結びついたワケです。
 同社が電機セクターにおける「選択と集中の優等生」と評される所以でしょう。



 では、その変化はどのようなものでしょうか。この間における同社の産業メカトロニクス分野の主要製品群(決算短信記載分)の変化を見ると、「FAシステム」が抜けて「無停電電源装置」が入っているくらい。ですが、当該分野を担当するグループ企業を見ると、三菱エレクトリック・タイ・オートパーツ社とか三菱エレクトリック・オートモーティブ・チェコ社とか、カーエレクトロニクス製品製造の海外子会社が増えているのが目立ちます。
 製品群別売上高が分からないので確かなコトは言えませんが、自動車部品が同社の産業メカトロニクス分野の売上拡大と利益率向上に大きく寄与しているコトが推測されます。前世紀末から続く変化として、自動車産業のグローバル化が一つの大きな潮流になっているのですが、その恩恵が現れているのではないかと思われます。近しい企業グループ内に、自動車メーカーがありますしね。この推測が正しければ、インド・中国やロシア・東欧などで更に自動車産業の拡大が見込まれる中で、この傾向は更に続き、利益率の面における同社の優位性は更に高まる可能性があると言えます。同社は当面の間、電機セクターの中で勝ち組企業であり続けるでしょう。

 しかし、株式市場はこれを高く評価しているとは言い難い状況にあります。

 株価の推移を相対値で見てみると、底値であった2003年から直近のピークであった2007年にかけて、最も評価を上げたのは同社であったことは確かです。ただ、2007年末以降の株価推移は、総合電機3社の間に大きな違いはありません。

 これは、株式市場の人気投票としての一面が強く現れているのであろうと、私は思います。
 より分かり易く、より目立つ活動をする企業であり、それによって将来の成長性をより強く感じさせてくれる企業が、高く評価される傾向があります。IT分野におけるソフトバンクなどがその例にあたりますが、総合電機三社の中で最近の状況下においては、東芝がそれに最も近いと言えるでしょう。
 米ウェスティングハウス買収(2006年10月)による原子力発電事業の拡大や、フラッシュメモリ事業への注力によって、「原発と半導体」という「選択と集中」の看板を打ち出しています。HD-DVD事業からの撤退も、それを報道する資料の中には、むしろ不採算事業からの撤退として高く評価する部分を感じさせるものがありました。
 一方で日立は、日本最大級の企業グループの一角であり、なお事業規模の拡大を続けている、電機業界の最大手です。
 これらに対して、同社は目立ちづらいポジションにあります。今後の戦略説明にしても、「バランス経営」を標榜する同社のソレは、他二社に比べて成長戦略としてのアピール度は弱いと感じられます。

 同社に限らず、三菱グループの企業は、そうした傾向があるように感じます。旧三菱銀行がバブル期に融資拡大に走らなかった(あくまでも結果として、ですが)のが、現在に到るまで銀行業界の中でも信用面で高く評価されている一因でしょう。また三菱自動車が作る自動車は、他社製品に比べて重く、硬いモノが多いという特徴があります。全てにおいて地味なんですョね。

 ぶっちゃけ私は株屋の眷属出身者として、同社の経営戦略に面白みを感じられません。自分で投資家として同社の株を買おうとも思いません。ただ、Going Concernとしての企業を考えた場合、同社のような有り様もあっていいかな、とは思います。買収防衛策としての意味合いから、もうちょっとIRやPRで株価対策を講じた方がいいかな、とも思いますが。
 まぁ、そういう意味をこめて、今回のタイトルを付けてみたのですが…
 同姓のコピーライターさんの仕事と違って、「キレ」が無くてサーセンw

2008年5月1日木曜日

前回のおまけ+α

 ちょっと間が空きましたが、前回のお話では、嗜好性と規模の経済という二つの方向性が現れる業界を取り上げました。そこで、かつて分析した中で軽アルコール飲料業界もそうだったように記憶していると書きました。
 そのまま放り出すのもナンなので、直近の状況を調べてみました。


 いやぁ、見事に「規模の経済」が働く業界になってますねぇ。
 この業界では、ベルギーInterBrew社とブラジルAmBev社の合併によるImBev社誕生(2004年)やメルシャンのキリンホールディングス傘下入り(2007年)など、国内外とも大手同士による再編が進みました。その結果、上場企業の中には特化型の企業が無く、規模の経済が典型的に現れる状況になってしまったというコトでしょう。
 まぁ、これが国際競争というものですね。
 もちろん、地酒を造る酒屋やワイナリーは今後も特色ある企業として残っていくことでしょうが、そうした中小企業が大手に買収されること(サッポロによるチリViña Undurraga社買収~2005年とか、ウイスキーですけどサントリーによるBowmore買収~1994年とか)も続くでしょう。

 もう一つこのグラフを見て気が付くのは、傾向線から大きく上方に乖離する、即ち強いブランド力を持つ企業も無い、ということです。私のようなエロおやぢに対してバドガールの訴求力は強いワケですが、全体としてのBudweiser(Anheuser-Busch社)のブランド力は然程でもないことが見てとれます。

 さて、こうした形の再編が進んだ軽アルコール飲料業界と、未だそれが進んでいない化粧品・トイレタリー業界では何が違うかというと…商品の持つ嗜好性の強さからくる、消費者のロイヤリティの強さが最も強く影響しているんだろうと思います。
 喉が渇いてビールが飲みたくなったトキに、「お気に入りじゃなきゃイヤ」というヒトは、あまりいないでしょう。スーパードライを普段飲んでいるヒトでも、一番絞りとモルツしか置いてなければ、どっちか飲んじゃいますよね?
 そうした代替可能性の高さが、上記のような、規模の経済が促進される一方で特別なブランドは不在という状況に繋がっているのでしょう。
 でも、日頃TSUBAKIを使っているヒトがアジエンスに替えるには、結構思い切りが要ると思います。但し、それじゃあ化粧品・トイレタリー業界が、軽アルコール飲料業界に近い形の再編が進まないかというと、そうは言い切れません。
 ファッション業界では、複数の、方向性が必ずしも近いものばかりではないブランド群を単一企業グループが取り込む形で、ここ数年で急激に再編が進んでいます。ファッション企業の中には、酒類メーカーと合併したトコ(LVMH)までありますね。
 化粧品・トイレタリー業界でも、同様の再編が進む可能性は否定できません。むしろ、欧米での景気後退と発展途上国での普及促進のために求められる単位コストの削減が、再編を後押しする可能性もあろうかと思います。ファッション企業による、業界の壁を越えての買収も、あるかもしれません。
 さて、どこがどこを飲み込むでしょうか…


 ところで、道路特定財源のための暫定税率制度の再適用が可決されちゃいましたね。
 ドライバーとしてはツラいトコロです。ゆうべは私も行列に並んで、満タンにしてきました。私のクルマは今月車検なので、重量税の減免を期待してたのですが、ソッチの方はもっと残念です。
 で、今回、福田首相他の方々がソレを正当化するに際して、ガソリン税の環境税としての意味合いを主張していたのは、私ゃ気に入りません。
 スタグフレーション環境下で生活コスト全般を切り詰めているのに、レジャーコストを拡大してガソリン消費を増やすワケがないでしょう。
 環境税としての性質を持たせるなら、景気に連動して税率を上下させるようにすればいいと思うんですよ。そうすれば、景気拡大期にもガソリン消費の増加は抑えられるでしょう。
 ガソリン税に限らず、景気連動型の税制はあっていいんではないでしょうかね。
 全部税率(または税額)固定にしちゃうから、好況期の予算が既得権益化して、不況期に必要以上に国民経済を圧迫することになるんじゃないでしょうか。
 好況時により大きな税収増が見込める形にしておけば、官僚や政治家の方々も、成長路線を重視する方にシフトしてくれると思うんですけどねぇ。ついでに、好況が行き過ぎてバブルになるのを抑える効果も期待できると思うんですけど…
 如何ですか?

2008年4月1日火曜日

タタ・モーターズの課題

 去る3月26日、インドのタタ・モーターズによる米フォード社からの「ジャガー」「ランドローバー」両ブランド買収が発表されました。昨年、両ブランドが売却対象とされて以来の流れの中では、順当な結果と言えるでしょう。
 ただし、このM&Aが効果をあげるには、大きな課題があると思います。

 自動車という商品には、二つの性格があると考えられます。一つは実用品=量産品としての性格であり、もう一つは嗜好品としてのそれです。
 前者としての自動車は、短時間で長距離の、自由度が高い移動を可能とするものです。後者としてのそれは、運転時の様々な快感や、所有することによる喜びを与えてくれます。
 両者は必ずしも一つの企業が提供するものとして両立不可能なものではありませんが、その実現は困難です。
 大量生産によって合理化を進め、「規模の経済」を追求するのが、前者としての自動車産業のあり方です。
 これに対して、後者の方向性は、個人の嗜好に細やかに対応することが求められます。これは、前者の方向性とは相反するものです。一方で、一台あたりの付加価値は高くなります。
 また、市場が成熟している必要があります。消費者が自己の嗜好を把握することが、後者の方向性を持つ企業の存続可能性を担保するからです。
 例えば、私は小型でハンドリングの良い、NVH(Noise/Vibration/Harshness~運転手に対して与えられる感覚情報)がしっかり伝達されるクルマが好みです。ホンダ(バラードCR-X)からポルシェ(930型)に乗り換えて現在に到るのですが、今後マツダやBMWを選ぶことはあっても、トヨタやプジョーを買うことはないでしょう。こうした明確な嗜好を持つ消費者が一定以上いれば、趣味性の高い商品を提供する企業は存続可能です。

 さて、そのような消費者の成長には、市場が立ち上がってから、長い時間を要します。メーカーが高度化した消費者ニーズに対応したモノ造りができるようになるまでもまた、長い時間が必要です。
 最近、欧米で日本メーカーの自動車が高い評価を得ているとの報道が見られます。日産のスカイライン・クーペやマツダのデミオなどがその対象ですが、それらに対する評価は、これまでの日本車に対する評価(安価で丈夫など)とは趣が異なる感じを受けます。
 こうした変化は、日本メーカーが、嗜好品としての自動車を創るノウハウを得られたことの現われではないかと思います。

 タタ・モーターズは、今後発展が期待されるインド市場に、世界で最も安価な自動車を提供する戦略を明らかにしています。即ち、前者の方向性を持つ自動車メーカーです。これに対し、今回買収された両ブランドは、日・米・欧の成熟した市場においてブランド力を確立している、付加価値の高い、少量生産車ブランドです。
 これまでにも同様に、成長したアジアの自動車メーカーがヨーロッパのメーカーやブランドを買収した例があります。インドネシアのメガテック社によるランボルギーニ買収や、韓国の起亜自動車によるロータス・エラン製造権取得などがそれですが、いずれもうまく行ったとは言い難い結果に終わりました。
 大量生産型の企業であったアジアメーカーと、少量高付加価値型のヨーロッパブランドの間の「文化の衝突」が、これらの失敗の原因ではないかと、私は考えています。
 タタ・モーターズがこの方向性の違いをどうコントロールするか、注目したいところです。


 さて、こうした二つの方向性=成長戦略が個々の企業の状況に現れている例に、化粧品・トイレタリー業界があります。(うろ覚えですが、以前分析した業界の中では、ビールを中心とした軽アルコール飲料業界もそうだったように記憶しています)
 世界で競争している米P&Gや英Unilever、日本で上位の花王や資生堂などは、数量効果で事業効率を上げている企業群~規模成長型に属すると言えるでしょう。一方、マンダムやコタといった顧客層を明確にした企業や、天然由来原料を前面に押し出すドクターシーラボ等は、事業特性特化型によって付加価値を高める方向性を見せています。
 上のタタ・モーターズによるジャガー及びランドローバー買収は、この業界で言うと資生堂によるマンダム買収などということになると思いますが、そうしたM&Aがうまく行くかというと…やはり微妙でしょうね。


 ところでこうした、製品が嗜好品と量産品の両方の性格を持つ業界には、二つの方向性のいずれかを明確化できずに、生産性=競争力が低い企業が存在します。
 これは、なにがしかの問題や課題を内包した企業であることが多いのですが、金融業とかコンサルといったサービス屋にとっては美味しい対象です。
 「成長戦略を明確化しましょう」つー基本的なトコから始まって大きなコンサル案件に仕上げることも可能でしょうし、主に規模成長型企業を買い手として切り売りする商材にすることも考えられるでしょう…つーのは意地悪スギですかねw

2008年3月26日水曜日

続く総合電機メーカーの再編

 先に扱った旧IT御三家のように、依然として成長業種であるIT分野においては、多角化が進んでいます。一方で、成熟業種では逆の動きが見られます。
 例えば携帯電話事業で最近見られた例として、ソニー・エリクソンのNTTドコモ向け事業縮小や三菱電機の撤退が挙げられます


 後者の三菱電機は携帯電話だけではなくテレビや冷蔵庫・洗濯機といった家電や、発電機や工場用空調機などの産業用電気製品まで、幅広い製品を提供しています。
 また、それらの完成品(SET)を提供するだけではなく、液晶モジュールなどの機能部品(DEVICE)やLSI・ICといった部品(PARTS)の製造・販売を行っています。
 こうした企業を総合電機メーカーと呼ぶのですが、その「総合」たる所以は、このように水平・垂直両方向に多角化された事業形態にあります。

 電機製品は、機能部品を組み立てて製造されます。機能部品は、部品の集まりです。
 さてここで、最終的な製品利用者である消費者のニーズは、最終製品の販売者や製造者にぶつけられます。そのニーズが分かれば、部品や機能部品の開発をニーズの高い部分に合わせて行うことで、最も無駄のない投資ができることになります。
 この際、最終製品と機能部品及び部品の製造機能が単一の企業ないしは企業グループの中にあれば、消費者ニーズが部品や機能部品の開発・製造部門に届き易くなります。
 また逆に、最終製品部門が需要者となって、部品や機能部品の開発・製造を実現するための最低ロットを捌く先になります。
 これが電機分野において垂直統合が進んだ、一つの大きな要因ではないかと、私は考えています。

 それでは、水平方向の多角化についてはどうでしょうか。
 総合電機が複数の製品群を持つ理由の一つに、機能部品や部品の共用化による効率の向上があると思います。
 例えば音声出力用ICは、PCのみならず、エアコンにも工場の制御パネルにも、その他数多くの用途にも流用できます。自社内に数多くの製品群を持ち、それらに当該部品を使えば、生産数量を増やし、その結果として開発・製造単価を下げることができます。
 こうした理由によって、電機産業の総合化が進んだのであろうと考えられます。

 しかし、先進国において電機製品の普及過程が終わって産業が成熟化し、消費者ニーズが高度化すると、状況は変わります。
 求められる機能が先鋭化し、それに対応するために、個々の機能に強い、あるいは特徴ある機能を持つ部品が増えました。
 当該機能を最終製品に持たせるためには、その部品を外部から調達する必要があります。

 更に産業の成熟化が進み、消費者が求める機能がほぼ満たされた状況になると、メーカー側が新たな機能を提案し、需要を創出する段階に移ります。例えばエアコンの自己清掃機能とかマイナスイオン発生機能などは、メーカーが提案して当たった例と言えるでしょう。
 アタればいいのですが、ハズしてしまうと開発投資が無駄になります。事業リスクが拡大したわけです。(事業リスクが高くなると企業分化が進むという傾向があるのですが、この点については、いずれまた機会があれば述べることにします)
 こうした状況下で最終製品・機能部品・部品を自社製品で固めていると、リスクはより高くなります。例えば最終製品である携帯電話のある機種が売れなかった場合、当該機種専用に開発した液晶ディスプレイやDSPなどは、全て無駄になってしまいます。
 これに対応するために、部品や機能部品をメーカー間で相互に調達・販売することで、得意分野に特化する形での合理化が進みます。その際、当該製品の相互利用を可能にするため、いわゆる「標準化」が進みます。
 このように部品や機能部品を外部調達に切り替えることで、最終製品の失敗に対するリスクを下げることができます。
 一方、他社製部品・機能部品より高機能かつ安価に提供できれば、外部提供を増やすことで量産効果を生み出すことができます。
 ここに到って、電機分野における垂直統合の意味は、かなり薄くなったと言えるでしょう。

 また消費者の要求が高度化することで、製品群をまたいで共用可能な部品・機能部品は減少します。
 水平方向における多角化の面からも、電機分野において総合化の意味は薄れてきたと言えましょう。

 2007年に続いて2008年の第一四半期も、上に挙げた携帯電話事業の例をはじめ、電機メーカーの事業撤退や再編に繋がるニュースが目立ちました。
 多くの方がおっしゃているように、今後もおそらくこの傾向は続き、「選択と集中」による電機メーカー各社の再編が更に進むと、私も思います。

2008年3月16日日曜日

セミマクロなハナシ(3)~風呂敷の広げついでに、政策提言なンゾを

 前回述べたように、差別化欲求が強く、かつ厚みのある消費者層に支えられ、日本においては競争力の相対的に低い企業も生き残ることができました。
 しかし1990年代末以降、自動車などの競争が国際化した産業においては、淘汰が進んでいます。日産・マツダ・三菱など外資の傘下に収まる企業や、いすずの乗用車のように事業撤退に追い込まれるメーカーが出ました。
 ただ、そうした変化は、EU統合を機に始まった、企業間競争の国際化という要因だけによるものではないと思います。日本国内の消費市場の厚みが無くなったことで、競争力の弱い企業を下支えできなくなったことも、その理由であろうと考えています。
 この変化は、所得再配分の見直しによる、国内経済の縮小によってもたらされたのではないでしょうか。

 所得再配分を富裕層側に振ると経済が縮小するのは、日米両国における実験の結果として認識できるでしょう。
 日本では1990年代以降、アメリカでは2000年末に現ブッシュ政権になってから、所得税累進率を緩和して、いわゆる「金持ち優遇策」を取りました。
 しかし、お金持ち一人が遣う金額は、貧乏人百人のそれより小さい場合が多いワケです。従って、こうした政策は、民間消費支出の減少による景気の減退を招きます。
 景気が減退すれば、当然、税収も減少します。これが公共工事をはじめとする景気対策による支出増とあいまって、財政赤字の拡大を招きました。
 アメリカは、減税と同時に、低所得者向け住宅ローンと住宅担保貸付を一般化することで、貧乏人にも無理やりお金を遣わせて対応しましたが、それがサブプライム問題を招く結果となりました。
 日本ではバブル崩壊後、土地や住宅の担保価値が低くなったままですし、質素・倹約を是とする国民性から、民間消費支出は伸びません。むしろ社会保険負担増やサラリーマン減税の消失など、消費支出を更に減少させる方向に動いています。また、最近の資源価格高騰による物価上昇は、その傾向を更に強めることになるでしょう。

 一方、企業収益は、民間消費支出拡大策をとったアメリカや、中国などの新興国向けの輸出拡大で改善してきました。しかし、最大の消費市場であるアメリカの景気が後退すると、この状況も変わります。
 これに対応するには、内需、特に民間消費支出を拡大するのが一番だと思います。

 そのためには、どうすればいいか?
 一番効果が高いのは、現状を招く大本となった原因の逆をやってやることではないでしょうか。即ち、所得税累進率を上げ、その分、貧乏人の可処分所得を増やすことです。
 可処分所得が増えれば、生活水準を上げて(つーか元に戻して)、支出を増やすでしょう。あるいは、もう一人子供を設けようという気になる夫婦もあるでしょう。少子化対策としても有効だろうと思います。そうして民間消費支出が増えて経済が活性化すれば、税収も当然上がるでしょう。
 企業にとっても、外需だけでなく内需もあるとなれば、事業リスクの低減と共に成長機会の増加がもたらされることになります。
 アメリカにおいて1990年代後半、レーガノミクスの後に行われたクリントノミクスと同様の政策が、現状の日本において効果大であろうと私は思います。

 そうなると、富裕層の勤労意欲や消費支出を削ぐおそれがあるという意見が出てくるでしょう。それには、やはりアメリカの制度が参考になると思います。寄付控除を大幅に認めればよいのです。
 例えば、福祉・介護団体や地方自治体への寄付を控除すれば、現在問題となっている、それらの組織の活動を支援することにもなるでしょう。
 あるいは、ベンチャー企業向けエンジェル投資の課税減免を現状よりも大幅に認めるようにすれば、低迷している起業件数が増え、産業全体に刺激を与えることが出来るでしょう。
 所得の再配分を自己裁量で行う権限を個人に与えることで、逆に富裕層の意識を高めることも可能であろうと思います。
 また、株式投資による収益に対する減税措置を恒久化すれば、停滞する株価対策としての意味も出てくるでしょう。

 え? お前が無職の貧乏人だから、貧乏人優遇策をとって欲しいんだろうって?
 えぇ、まったくその通りですm( )m

2008年3月15日土曜日

セミマクロなハナシ(2)~従来型産業における競争構造

 前回は、事業ドメインの把握や差別化戦略の観点として私が用いたWhat/Whom/Howの三要素を取り上げ、IT分野においてはWhat及びWhomによる差別化に比べHowによる差別化の効果が薄いことを述べました。

 ところが日本の産業全体では、このHowによる差別化が、企業の生き残りや成長を可能にした例が多く見られます。代表的な例が、ソニーとホンダ(四輪部門)です。
 街の電器屋を組織化して磐石の販売網を構築した松下電器に対して、ソニーは放送などのプロフェッショナル用途への浸透と新技術の製品化に先行することで、先進的な企業イメージを作り上げました。
 ホンダはレース参加によるスポーツイメージの確立と同時に、省燃費エンジンの投入などやはり先行技術投入によるイメージ向上を通じて、隙間の無い製品展開をするトヨタや日産を相手に、シェアを拡大しました。
 従来型産業においては、先行する大手企業が存在しても、ビジネスのやり方(How)による差別化で成長を実現することが、不可能ではなかったのです。

 この背景には日本国内における、差別化欲求が強く、かつ厚みのある消費市場があったと、私は考えています。

 日本においては基礎教育の普及度が100%近く、識字率が極めて高い状況にあります。
 テレビやラジオの普及率も高く、新聞や雑誌といった媒体の購読者も多くいます。こうしたメディアは、在京阪キー局や大手新聞・出版社を中心とした少数の企業グループに系列化されています。
 その結果、幅広い消費者に製品やサービスの情報を届けることが、容易になりました。いわゆる「リーチコスト」が、相対的に安い状態が生み出されたワケです。(ここで言う「相対的に」というのは、貿易論の基礎で扱う、各国産業の「相対優位」くらいの意味で考えて下さい)

 また道路整備率も高く、鉄道も充実しています。特に大都市圏では、極めて高度に交通網が整備されています。
 物流に関わる事業者が多く、サービスレベルは高い水準にあります。
 短時間に商品を運ぶことが出来ることから、物流に係るコストも相対優位にあると考えられます。

 コストが相対的に安価であれば、ブランド力や技術力の面で競争力が弱い企業でも、製品やサービスの価格を下げて生き残る機会が多くなります。
 但し、それでも消費者が受け入れてくれなければ、企業は存続できません。

 日本の人口は1億人を超えています。しかも、大都市圏周辺部に集中しています。
 更にかつては、高い所得税累進率による所得再分配によって、可処分所得はフラット化されていました。近隣住民と同レベルの生活水準を維持することは、それほど困難ではありませんでした。「1億総中流」と言われていた位です。1億人の人口のかなりの部分が、有効需要として機能していました。
 そういう状況下では、生活水準の均一化を求める一方で、その中身において他者と差別化する欲求が生まれます。上で述べたソニーやホンダが伸びたのは、このような条件が、背景にあると思います。

 また、可処分所得がフラット化されていたとはいえ、どうしても差は生じます。しかし、中流意識があると、生活水準は同レベルにしたい。そのような場合、どうするか。
 例えば家電であれば、松下の製品が買えなければ、日立や東芝の製品にすればいいのです。それも買えなければ、シャープや三洋の製品にすればいい。
 同機能・同性能の製品を安価に提供する企業の存在意義が、ここにあったワケです。

 結果として、存続機会と存在意義の両面が満たされることで、産業が成熟した後も、日本には他の先進国に無い程の数の企業が残りました。
 これは上で述べた家電だけではなく、自動車でも他の産業でも同じことです。
 ちょっと前にワールドビジネスサテライトでどなたか(ボスコンの御立サンかJRIの高橋サンだったような気が…)が「日本の食料品業界で、国際競争力の無い企業が多く残っているのは謎」とおっしゃってましたが、私の仮説はこんな感じ。実証できませんけどねw

(以下、次回)

2008年3月14日金曜日

セミマクロなハナシ(1)~差別化戦略の考え方

 これまで三回に渡って、成長戦略としての多角化を中心にIT企業を見てきました。それでは、その「多角化」とは、そもそも何なのでしょうか。
 様々な見方があるでしょうが、私は「現在とは異なる事業ドメインを企業ないしは企業グループの中に取り込むこと」と考えています。

 ここで言う「事業ドメイン」は、「企業が行う事業をモデルとして捉えたもの」程度のイメージです。そのモデル化手法も、自分や受け手に分かり易ければ、どんなものでもいいと思います。5W2Hで考えてもいいし、4P/3C(マーケティング論において事業ドメインを見る考え方)で捉えてもいい。
 私自身は、こうしたモデル化においては、より少ない要素に単純化した方が、理解が容易だと思っています。
 そのため、投資家やVC向けに事業説明をするためのアドバイスを未上場企業サンに対してするトキ(応募してみた大手コンサル屋サンにはキャリアとして認めて頂けませんでしたが…orz)や、若いモンにIB業務の基礎としての経営戦略論を教える際には、

  • What(何を)

  • Whom(誰に)

  • How(どう売るのか)


の三点を明確にするように言ってきました。
 これは、事業ドメインの把握を容易にすると共に、その差別化要素を明確化することを目的としたものです。

 企業の経営戦略の見方の一つに、価格競争力向上(コスト・リーダーシップ)と差別化に二分して捉える考え方があります。
 前者は生産・販売数量の極大化などの手段によって単位コストを削減し、同業より優位な価格戦略をとる手法です。
 一方後者は、製品やサービスに競合他社と異なる性質を持たせることで、単一ユニット当たりの付加価値を向上させる手法です。
 私が使ってきた事業ドメインモデル(What/Whom/How)は、後者の差別化策の捉え方として用いることができます。その中では、先に挙げた方が差別化要素として強く、資本市場においても投資家に対してアピールし易いものと考えられます。
 上で述べた未上場企業サン向けの説明では、ITバブル期に高く評価された数社を例に取りました。

 第一の要素-Whatによる差別化を達成した企業として、ヤフーと楽天を挙げました。
 ヤフーも楽天も、サービス開始当初に同業他社が無かったワケではありません。
 但し、ヤフーは、数多あった検索エンジンの中で、ポータルサイトとしてのサービスを拡充させた最初の例と言えるでしょう。
 また楽天は、多くの企業を対象に手広くサービスを提供して、ECモールというサービスを産業としての位置付けまで引き上げた存在と言えると思います。
 このカテゴリーに含まれる最近の例としては、SNSサービスのMixiや携帯電話用ゲームSNSのDeNAが挙げられるでしょう。

 第二の要素-Whomによる差別化は、要は「儲けさせてくれるお客を見つける」というコトです。顧客の事業成長に伴って、自社の事業も成長するパターンです。例としてはメガチップスと鷹山が挙げられるでしょう。いずれも、カスタムLSIのファブレスメーカーでした。
 前者は任天堂に対してゲーム用LSIを売り、後者はNTTドコモに対して携帯電話ネットワーク用LSIを売ることで、業績を伸ばしました。任天堂はゲーム市場のトップベンダーでしたし、携帯電話の普及期においてNTTドコモは圧倒的なナンバーワンでした。
 特に後者の、NTTドコモとの関係が切れた後の迷走が、優良顧客確保の重要性を改めて認識させてくれます。

 第三の要素-Howによる差別化は、IT分野において有効ではありません。
 いわゆる「ネットワーク外部性」が働くことで、同種のサービスを行う企業の中で勝ち残れるのは少数に限られます。差別化が弱ければ、先行企業に追いつくことは不可能です。
 ヤフーや楽天が急成長している頃、ポータルサイトやECモールで、ターゲット顧客層を絞ったり商品調達の方法にヒネりを加えたりして起業する例が多く見られました。
 そうした企業の社長サン達の中には「ヤフーや楽天なんか、すぐに抜かして見せますョ。ハッハッハ~」とおっしゃっていた方もおられましたが…
 結果は御覧の通りです。
 ですから、私は未上場企業サンに対して「他社と十分差別化できるだけのWhatか、中長期的な成長を支えてくれるようなWhom、できれば前者を見つけましょう」というハナシをしてきました。
 後に「ブルーオーシャン戦略」つー考え方が世に出たトキには、「誰でも考えるコトは大差無いネェ」と思ったものです。

(以下、次回)

2008年3月7日金曜日

ついでにちょっとライブドア

 楽天・ソフトバンクと来たので、今回はそれら二社と共にIT御三家と称された、かつてのライブドアホールディングス(以下「同社」)について。
 とはいっても上場廃止によって直近の業績は非開示になってしまったので、かつての成長期における多角化戦略についてのみ、チョイと見てみます。


 水平展開型の楽天や垂直統合型のソフトバンクと比較した場合、同社の多角化戦略の特徴は、個々の参入事業の関係が薄いことです。
 これこそ「コングロマリット」と呼ぶべきでしょう。
 M&Aによって急成長したということで一括りにされることもあった同社と楽天・ソフトバンクですが、ちょっと分析してみると三「社」三様のあり方が見えてきて、面白いですね。

 同社の多角化戦略で違和感を感じるのは、同じカテゴリーの企業間でもシナジーを効かせようとする意図がまるで見えなかったことです。
 プロジーグループを抱えてLindowsというプロダクトを持っていながらターボリナックスを買収したり、セシールを傘下に収めても本体のポータルサイトを介したECサービスとの連携をしなかったり。
 こうした方向性の見えない多角化はどのような意図に基づいて行われたのか、あるいは、そもそも方向性を持った多角化戦略があったのか否か…
 できることならば、堀江元社長に伺ってみたいものです。

 さて、同社が「暴走」とも言われる、こうした強引な事業拡張に走ったのには、様々な理由があると思います。
 その中でも大きな要因の一つに、グループの核(コア)となるべきであった起業事業がスペシャリティを喪失してしまったことがあるのではないでしょうか。

 同社の起業事業は、Webサイトの構築受託です。
 当該事業、特にECを中心とした分野に関するそれは、インターネット普及期(1990年代後半)において「SIPS(Strategic Internet Professional Servece)」と呼ばれ、急成長を期待されていた分野でした。
 代表的な企業としては同時期の同社の他に、IMJや旧ネットイヤーグループ等があります。
 ところが2000年代に入って、ITバブル崩壊の一方でインターネット利用が一般化しました。
 その過程で、それまでインターネットに対応しきれなかった既存のシステム開発受託企業(SI事業者)が、インターネットへの対応を進めました。
 その結果、事業としてのスペシャリティを喪失すると共に、2002年末には、株式市場における評価(PERベース)も、既存のSI事業者に対するそれと同程度にまで落ちてしまいました。

 ネタバレしちゃうと私は当時、機関投資家サンに対してそういう話(「SIPS企業は今後、既存のSI事業者と同様に評価すべきだ」つーハナシ)をしたんですね。
 その頃の私は未上場企業のリサーチャーであって、機関投資家向け情報発信をする証券アナリストではなかったのにw

 いずれにしても、2001~2002年にかけて、起業事業は求心力を失ってしまいました。
次の核として2002年11月に旧ライブドアを吸収してポータル事業に進出したワケですが、当該事業は競合が多い上に絶対的な強者(Yahoo)が存在します。
 そのため、なにがしかの差別化策が必要な状況でした。
 その差別化策としては、ポータル上でどのようなサービスを提供するか、という形で楽天同様の水平型の多角化を志向するのが順当な戦略だと思うのですが…
 同社の場合、それが行き過ぎてしまったのではないか(多角化のための資金調達法も含めて)と推測できます。
 本当のトコロは堀江元社長しか知り得ないワケですが、おそらくは永遠に謎のままなんでしょうね。

2008年2月29日金曜日

ソフトバンクに感じる不安

 前回は楽天を取り上げましたが、今回は対比されることが多いソフトバンク(以下「同社」)を見てみましょう。
 かつて我々が親しみを込めて「日本蕎麦」(旧称「日本ソフトバンク」の略)と呼んでいた同社ですが、当時と今ではその姿を大きく異にしています。

 これは楽天と同様、M&Aでの多角化によるものですが、その有り様は大きく違います。
 楽天の多角化が水平方向の事業拡大と分析できるのに対し、同社のそれは垂直統合と見ることができます。
 携帯電話及びインターネットという通信インフラの上で、各種サービスを提供するというものです。
 尤も、同社は最初からそうした方向性を指向してきたわけではありません。
 あおぞら銀行への出資(2000年)やメモリメーカーの米Kingstone Technology社買収(1996年)など、水平型の事業拡大を指向したものの収益化に到らず、失敗事例を繰り返してきました。
 テレビ朝日買収のように、M&A自体が不成功に終わったこともありました。
 そうした試行錯誤の末、2006年8月に金融部門のSBIホールディングスを手放すことで、ネットワーク関連事業への「選択と集中」をするに到りました。


 ただし、垂直型に統合された事業の中の各レイヤーの重みは、均等ではありません。同社の売上や利益(営業利益ベース)の過半は、携帯電話事業から得られています。
 当然、当該事業には他の事業よりも注力することになります。とはいえ、その選択肢には制限が加えられます。

 2006年4月の携帯電話事業の買収に、同社は1兆7,500億円もの巨額の資金を費やしました。
 これは、買収直前期(2006年3月期)の旧ボーダフォンの売上(約1兆4,700億円)を超える金額であり、当期利益(約500億円)の35倍に達する金額です。
 自力参入計画から1年前倒しの事業開始や顧客獲得・機器調達網及び営業体制の整備といった手間を省くという、典型的な「時間を買う」意味があったとはいえ、売上・利益共に低下傾向にあった旧ボーダフォンに対する実績PER35倍の買値は、少々高くついたように思われます。
 その資金調達には、携帯電話事業自体を担保としたノンリコースローン型の借入を用いました。
 2006年9月末に同社はこれを、携帯電話事業の証券化という形で、当該事業のキャッシュフローを返済原資とする借入に切り替えました(約1兆3,551億円分)。
 従って同社は、携帯電話事業から継続的にキャッシュフローをあげ、これを返済に充てる必要があるわけです。
 ADSLの時のように赤字覚悟の価格戦略で顧客を囲い込み、収穫期を待つ戦略は取れません。
 2008年1月開始の「ホワイト学割」でようやく基本料金の大幅割引(というか無料化)に手を付けましたが、その対象は通話やメールを多く利用し、お金を落としてくれる学生サンだけです。
 それ以外にも家族間通話無料など各種の「プラン」を打ち出してはいますが、他社も追随してきており、十分な差別化がなされているとは言い難い状況です。
そうした状況下で当該事業に関する証券化部分の返済実績はというと、2008年3月期の第3四半期までに約600億円となっています。
 このペースが維持できたとしても、返済完了まで14年かかりますね。今後、携帯電話事業の価格競争が激化した場合、それ以上に伸びることになります。


 それでは、資金調達スキームを変えることで戦略上の制限を軽減することができるかというと、これも難しい。
 前回取り上げた楽天と比べると明らかですが、主に借入と債券によって資金を調達してきた同社の有利子負債の残高は巨額になっています。そのため、支払利率も高いものになっています。
 従って、携帯電話事業を原資とした借入を、他の借入と一本化することはできません。
 また、株式市場が停滞している現状では、大規模なエクイティファイナンスも困難です。
 結果として同社はこのまま、携帯電話事業のキャッシュフローを極大化して、返済を進める必要があるわけです。


 さて、2006年3月期に、同社は経常利益及び当期純利益の黒字化を果たしています。
 これには、広告売上などのインターネット・カルチャー事業の増益と並んで、ブロードバンドネットワーク事業の営業黒字化が大きく寄与しています。
 ADSLの普及期には新設回線のために設備投資が必要であったため、売上拡大が利益に結び付きませんでした。
 普及期が終わり、売上に対して大きな設備投資が不要な収穫期に入ったことから、同事業の営業黒字化がもたらされたのでしょう。
 皮肉なのは、収穫期に入ったと同時に、競合次世代技術である光回線(FTTH)が普及期に入ってしまったことです。今後、ADSL事業からの収益拡大は期待できません。
 同社が光回線で同様の回線再販事業を行うには、NTTからの回線借受と再度の設備投資が必要となります。
 それを最小限に抑えるために光回線の1分岐借りを申し入れているのですが、その決着が付くまでは、もう少し時間が必要でしょう。
 従って現状は、ネットワーク事業自体で成長を追及できる状況ではありません。むしろADSLの顧客をFTTHに奪われる状況が続くおそれがあります。
 また、Wi-MAX枠の獲得競争には敗れてしまいました。
 これはリッチコンテンツの流通網確保の点ではマイナスですが、キャッシュフロー面では、追加投資を抑えられたことが同社にとっては却ってよかったかもしれません。

 こうした状況下で同社が他社と差別化して成長を追及するためには、垂直統合されたビジネスモデルの上位レイヤー即ちコンテンツによって、下位レイヤー即ちネットワーク・携帯電話事業の顧客の囲い込みを図る必要があるでしょう。
 孫社長がおっしゃるところの「総合力」を発揮することが重要なわけです。
 しかし現状では、「総合力」が発揮されているとは言い難い状況です。
 例えば、Yahooのポータルサービス~掲示板・オークション等ではアパターが利用可能ですが、同じアパターをIMや携帯電話のメールで使ったり、そのアパターを使うゲーム(PC・携帯電話とも)をガンホーで提供する等のサービスは、本来であればとっくに提供されていてしかるべきだと思います。
 そのアパターのデザインのカスタマイズで課金するとか、そのカスタマイズに応じたリコメンデーションで物販に繋げるとか、収益機会を全て取り込む姿勢が必要ではないでしょうか。
 そうした取り組みが為されていないということは、グループ各社が協力してシナジーを生み出すための施策が行われていないということだと考えられます。
 グループ各社に高い自由度を認めることで、より高レベルのクリエイティビティの発現を期待するのも、一つの考え方でしょう。
 しかし、現状の同社を鑑みると、グループ統制の強化によってシナジーを生み出すことを考えてもよいのではないでしょうか。
 さもなければ今後も、「総合力」の発現は難しいと思われます。

2008年1月29日火曜日

楽天への期待

 前回はUSENを褒めた感じになりましたが、メディア企業としての次の一手に最もwktkしているのは、USENではなく楽天です。


 楽天(以下「同社」)は、業績を順調に拡大してきました。
 前々期(2006年12月期)まで、売上は増加を続けています。
 前期(2007年12月期)も、第三四半期までの結果から、おそらく増収と予想されます。
 利益の伸びは売上ほどではありませんが、それでも2005年12月期には、当期純利益まで黒字化するに到りました。

 この要因としては、既存事業から周辺事業への進出すなわち多角化が大きく寄与しています。
 多角化は他社の買収という形で進められてきましたが、そのためキャッシュフロー(CF)の観点からは、同社を高く評価することはできません。

 企業買収や新規事業投資を繰り返しているため、投資CFが大きくなり、フリーキャッシュフロー(FCF)は常にマイナスです。
 ソフトバンクと違って同社は、外資系証券会社に「ファイナンス理論!」と言って攻められることで株価が大きく下落することは無かったのですが、これは単にマーケットインパクトの点で劣るということに過ぎないでしょう。
 FCFのマイナス分は、外部調達で埋め合わせることになります。
 資金の外部調達(財務CF)は借入と増資が主な手段ですが、同社は後者を主に用います。
 毎期、FCFの不足分を充当するだけ外部調達を行っているのは、財務統制がうまくいっていることを感じさせます。いきなりキャッシュ不足で不渡りを出すことは無さそうです。
 とはいえ、株価が下落している状態では、これまで通りの多角化戦略は取りづらいことになります。
 また、これまで成長を支えてきた多角化事業が、成長の壁に直面しています。
 証券事業は株式市場の低迷により、クレジット決済事業は市場競争の激化により、短期~中期において急成長は望み難い状況です。

 実際、2007年12月期においては、コア・コンピタンスであるEC事業の売上に占める割合が前期よりも増えています。
 トラベル事業が売上・利益率共に伸びている点は評価に値しますが、比重が小さいので全体に与えるインパクトは大きくありません。
 一方ECは、景気後退は懸念されるものの携帯電話ECの継続的拡大が期待されており、今後もしばらくはこの傾向が続く可能性があります。
 それでも同社は、多角化による成長を追求しています。
 2007年12月期にはフュージョン・コミュニケーションズを買収して電話サービスに乗り出した他、DVD/CDのネットレンタルを始めました。

 こうした同社の多角化戦略を「コングロマリット化」と評する方もいらっしゃいますが、私は違った視点を持っています。
 私は、同社の多角化戦略を、水平型の事業拡大として捉えています。
 企業が行う事業の捉え方は様々ですが、商品やサービスを提供するチャネルと、その上で流通させる商材に分離して見ることも、その一つです。
 そうした見方に立ってみると、同社の多角化の手法は、チャネルを増やしつつ、商材を拡充する戦略として捉えることができます。

 この観点から同社の多角化の経緯を振り返ると、シナジーが期待できる「既存事業の周辺事業への進出」の繰り返しに見えてきます。
 MBAの教科書にでも出てきそうな話ですね。

 2005年10月に仕掛けたTBSの買収も、従来の多角化戦略の継続と捉えることができます。
 動画コンテンツ流通の最大のチャネルである地上波キー局はまた、最大のコンテンツ保有者であり、コンテンツ制作ノウハウの集積点でもあります。
 買収が成功裏に進めば、同社の事業拡大に大きく寄与したことでしょう。
 またタイミング的にも、ライブドアやAmazonなど同業他社との競合に敗れる事例が続いて将来性に不安感が漂い始めていた上、世間の耳目がWeb2.0企業に集まりつつあった時期であり、それらを覆す意味でも絶妙であったと言えます。
 三木谷社長の経営センスは、依然として優れたものであることを感じさせられました。

 それでは、この延長で考えられる今後の戦略には、どのようなものがあるでしょう。
例えば、

  • テレマーケティングシステムの企業を買収し、フュージョンの電話サービスを介して、EC事業の既存顧客にテレマーケティングサービスを提供
  • ネットワークサービスを企業向けに拡大した上でSI事業者を買収し、EC事業の既存顧客向けに業務システムをSaaS提供

などといったところでしょうか。
 私が考えつく程度では、少々面白みに欠ける戦略しか出てきそうもありません。

 面白みという点で期待できるのは、やはりメディア企業としての活動です。
 在京阪の地上波キー局と大手新聞社・出版社を中心とした硬直的なコンテンツ流通に、より幅を持たせる形で変化をもたらすように頑張って欲しいと思います。

 ある産業に変化が起こると、そこに参入する企業に成長機会が生じます。
 その変化は資本市場に及ぶことが多く、証券会社などの金融機関に活躍の場が与えられます。
 そうすれば、私がよりよい形で再就職する機会も出てこようかとw

 ただ、対TBSで突っ張るのも一つの手ですが、今となっては上策とは言い難いでしょう。
 M&Aの失敗の原因としてよく「文化の違い」が挙げられますが、TBSの示した劇症反応は、それが強く現れているように見えます。
 ここで無理をしても、両社に大きく傷を残す結果になるおそれがあると思います。
 それでは、他の選択肢は何があるでしょうか。
 自社で一から立ち上げるのも一つの手ですが、USENいう先行企業に今から追いつくことは、かなり難しいでしょう。
 従って他社との提携が重要となりますが、チャネルとしての有効性とコンテンツの蓄積ないしは調達ノウハウが無いと、意味がありません。
 その意味でキー局ほどのインパクトはありませんが、関東三県の独立UHF局との提携はどうでしょう。
 テレビ埼玉・千葉テレビ・テレビ神奈川の三社は緩やかな提携関係にあり、独自コンテンツの相互流通や、関西地域の独立UHF局も含めたコンテンツの共同開発を行っています。
 このチャネルを利用して同社のEC事業の顧客にTV通販サービスを提供するとか、コンテンツの共同開発に参画してネット配信の部分を担いつつ将来の独自コンテンツ開発に繋げるなどは、有効な戦略ではないでしょうか。
 前者は既存のTV通販事業者と競合する部分がありますが、地域名産の生鮮食料品などは差別化要素になるでしょう。
(…などと考えていたら、2007年末に日本直販がカニ通販に力を入れていて笑ってしまいましたが)
 また、上記各局にとっては、野球やサッカーの地元チームが有力コンテンツの一つです。
 同社も同じコンテンツを抱えており、この点でもノウハウの共有は可能でしょう。

 ただ、こうした事業提携には証券会社が参画する余地が少なく、株屋的に面白いものではありません。
 これも2~3年前であれば、株屋にとって面白い案件にすることも、不可能ではなかったでしょう。
 上記各局にデジタル化投資のためのエクイティ・ファイナンスをしてもらい、それを同社に割り当てる。
 そのための同社の資金調達もまたエクイティで、となれば幹事証券としては二度美味しい。
 なんていう提案もありだったんでしょうが、今となっては遅杉ですねw

 いずれにしても、既にベンチャーの域を脱して大企業になった同社には、自社の成長だけではなく産業全体に変化をもたらすような活躍を期待したいものです。