2008年8月21日木曜日

二つのバリューチェーン

 今回のタイトルの「バリューチェーン(価値連鎖)」とは、経営学の観点から企業活動を捉える概念の一つです。
 そこではまず、企業活動を主活動と支援活動に分けて考えます。支援活動には、全般管理(インフラ)・人的資源管理・技術開発・調達活動が含まれます。主活動を更に、購買→製造→出荷→販売→サービスという一連の過程に分けて考えます。
 この全体がバリューチェーン・モデルなのですが、ここでは「企業活動を、複数の付加価値を生み出す過程が一連の流れを為すものとして捉える」位に考えて下さい。

 バリューチェーン・モデル自体は個別企業の経営モデルであり、主活動を構成する各要素の効率化が、企業の競争力向上に繋がると見るものです。
 しかし、多層的な階層構造をとり、最終ユーザーに到るまで複数の企業を介するような産業(要は垂直分業体制にあるトコですネ)では、企業間取引において、バリューチェーン・モデルに準じた考え方が適用できると、私は考えています。
 ですから私は、かつてIPOアナリストとして取材させて頂いた未上場企業サンのうち、それが適用できるような状況にあると思しき相手には、営業戦略として「直接顧客の一つ先にアプローチしましょう」とか「最終顧客の二つ手前にあたる企業に訴えかけましょう」とか提言するカタチで、バリューチェーン的な考え方をするコトをアドバイスしてきました。
 まぁ、大概の企業サンは直接顧客に対応するのが精一杯で、そうした提言を受け入れられるトコは極めて少なかったようですけどネ。

 さて、過去に数回のエントリを費やして扱ってきた電機業界では、部品(PARTS)→機能部品(DEVICE)→最終製品(SET)という多層構造が成り立っています。
 かつてはSETメーカーとしての総合電機及び総合家電企業による系列化等のカタチで、その多層構造が垂直統合される方向にありました。これに対して、ここ十数年来の動きとして「脱総合化」の動きがあるコトを、以前のエントリで述べました。
 従って電機業界においては、企業間バリューチェーン・モデルが成り立つのではないか、という仮定を立てるコトができます。

 ところで電機業界では、バリューチェーンにおける付加価値の源泉に関して、ある特徴が指摘されています。「スマイルカーブ」と呼ばれるモノです。
 スマイルカーブ自体は、台湾Acer社の創業者サンによって提唱されたもので、PCメーカー単一企業あるいは当該企業グループを想定したものと考えられます。ココでは、主活動を企画→部品調達→製造→販売→サービス(メンテナンス等)に分けて捉えます。そして、縦軸を各過程の付加価値とし、左側が上流、右側が下流という流れに各過程を配したグラフを描く場合、笑ったトキの口のようなカーブになるとされます。
 PCは電機業界の中でも主要な部分となっており、また、脱総合化の過程で行われた標準化によって、他の機器も含めた電機業界全体が、近い性格を持ち合わせているコトが想定できます。もしソレが正しければ、電機業界における企業間バリューチェーン・モデルでスマイルカーブが描けるコトになります。

 そこで、電機業界に関わる企業の付加価値率(ココでは経常利益率)を縦軸とし、横軸に電機業界に属する各企業を、左に上流、右に下流という形に配して、グラフを描いてみます。またココでは、業態の流れを上流から基礎技術→部品→製造→販売としてみました。
 チョっと前の業績を元に、このグラフを作ってみると、まぁ大体、スマイルカーブを描けていると言えるでしょう。実はコレ、若者に経営戦略論を教えるトキの小ネタの一つに使っていましたw
 ちなみに直近(2008年8月20日現在を基準)の業績を使ってグラフを描いて見ると……携帯電話技術提供企業の業績悪化と赤字SETメーカーの「選択と集中」による業績回復で、大分フラット化されてはいますが、一応スマイルカーブに見えなくもないかな。
 とりあえずは、電機業界の企業間バリューチェーン・モデルを否定するコトはできない、位は言ってよさそうです。

 この状況から、最も付加価値の低い製造工程の企業がどうすればソレを上げるコトが出来るか、という課題が見えてきます。
 単純に考えれば、両側に位置する、より付加価値の高い部分を取り込むコトです。具体的には、直販化と部品の内製化ですょネ。
 直販化は、ネット販売のカタチで各メーカーとも取り組んではいますが、主要販売網の一つとはとても言えない状況です。量販店との関係もありますので、積極的に拡大するコトは、かなり難しいでしょう。
 一方、部品の内製化については、最近になって各メーカーが積極的に進めてきたモノがあります。薄型テレビにおける、パネルの内製化がソレです。
 薄型テレビにおけるパネルの内製化については、いくつかの要素で語られています。

  • 需給の問題~完成品(SET)であるテレビの需要の伸びに対して、機能部品(DEVICE)であるパネルの供給が足りない。
  • 価格の問題~テレビSETのうち、パネルDEVICEの価格が占める割合が最大であり、SETの価格決定要因として大きい。
  • 差別化の問題~テレビSETの差別化要素である画質に対して、パネルDEVICEの影響度が大きい。
等といったところですが、バリューチェーンの考え方からも、ソレを説明できるというワケです。

 さて、コレと同じ分析を、産業ピラミッドのもう一つの頂点である、自動車業界でやってみると……スマイルカーブは描けません。
 電機業界との違いとして最も目立つのは、SETメーカーの優位性ですね。
 これは、標準化が進んでいる電機業界と異なり、自動車業界がいわゆる「擦り合せ型」産業であるコトが大きく影響していると思われます。SETメーカーが仕様を決定し、系列下の部品メーカーがソレに沿った部品を作る。スマイルカーブにおける、高付加価値の「企画」機能を取り込んでいるコトが、自動車業界においてSETメーカーの付加価値が高い原因という説明をするコトができます。
 問題は、いつまでその状況を維持できるか、というコトです。

 自動車業界は、二つの大きな課題に直面しています。一つは発展途上国での普及拡大、もう一つはガソリン内燃機関から次世代技術への移行です。
 発展途上国における普及拡大は、先進諸国の景気減退によって、自動車メーカーにとって、より重要になっています。ただ、それを促進するためには、価格を下げて販売量を増やすコトが必要です。そのためには、電機業界が進めたような標準化が、ある程度必要になってきます。
 発展途上国の中でも市場拡大期待が大きいのがインドと中国なワケですが、後者では既に、地場の小規模メーカーが多数乱立している状況です。そうした状況を背景に、自動車部品の国産化という国策も相まって、自動車産業の標準化が進みつつあります。同一規格のエンジンを複数メーカーが生産するようなコトが、始められています。部分的にではありますが、自動車産業の「組立型」化の方向性が見え始めています。そうした変化が進んだ場合、SETメーカーである自動車メーカーの得る付加価値が下がってしまうおそれがあります。
 以前述べたように、自動車には大量生産品としての方向性と嗜好品としての方向性があるワケですが、コスト効果が重視される業務用車両(トラックとか商用バンとか)では前者が重視され、標準化による組立型産業化の方向に向かうのも止むを得ないかな、と私は思います。
 また、次世代技術への移行は、電気自動車に対応するための充電施設や燃料電池車のための水素ステーション等が必要となる、社会インフラ全体に影響を及ぼすモノです。この大掛かりな変化は、自動車メーカーが単独で対応できるものではありません。複数の業界を巻き込んだ統一規格を策定するカタチでの、標準化の推進が必要でしょう。
 こうした状況下で、日本の産業の牽引役の一つである自動車メーカーが、如何にして差別化を図るかという点は、注目に値すると思います。

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