2008年10月31日金曜日

SIerクライシス?

 ここまでいくつかの業種を扱ってきましたが、実は、いずれも私がIPOアナリストとして調査・評価した対象の中で中心であった業種ではありません。私の担当したコア業種は、一般に「IT分野」として捉えられる中で、ソフトウェアやハードウェア等、何かを「作る」企業群です。
 今回はその中で、コンピュータシステムを作る企業である、システムインテグレータ(SIer)を取り上げます。

 SIerの仕事は、企業の中の事務処理を行ったり、様々な機器を制御したりするためのコンピュータシステム(以下「システム」)を提供するコトです。システムは、ハードウェア(以下「ハード」)とソレを統合するネットワークに、ソフトウェア(以下「ソフト」)を加えて構成されます。SIerはハードとソフトをコミにして顧客に提供するのですが、ハードはハードメーカーが作るモノですから、SIer自身が作るのは、主にソフトです。

 企業が業務に使うソフトは、複数の段階を経て作られます。大まかに、

  1. システム化される範囲を明確化する~要件定義

  2. システムを構成するソフト群の明確化や、ソフト内部の処理手順を明確化する~設計

  3. 実際にプログラムを組む~開発


という三段階に分けて捉えるのが、代表的な考え方です。手順として先に来る方を上流工程、後に来る方を下流工程と呼びます。
 一つの流れではありますが、その前段階にある事業戦略やら業務フローと設計・開発の間には文化的断裂があります。ナニをしたいかという戦略とドウするかという設計・開発の違いは、文科系的な考え方と理系的技術論の相違と言えるでしょう。全社的情報システムパッケージ(ERP)を早期に導入した某電機メーカーで導入プロジェクトを担当した方に伺ったお話では、前者をサポートする業務コンサルタントと後者を担当するITコンサルタントの間の調整に相当苦労なさったそうです。

 さて、事業の一連の流れが段階的構造を示すというコトは、企業間分業も成り立つというコトです。SI業界においてのソレは、ゼネコンと同様のカタチを見せます。顧客からSI案件を受託する企業が上流工程を行い、下流工程の業務を細分化して下請け企業に委託しています。SIerの成長モデルの一つとして、下流工程専業として下請けで起業した後、徐々に上流工程に事業を拡大して元請けになるというモノがあります。

 もう一つの、というか元請けSIerの成長モデルとしては、業務知識の深化と多業種対応が挙げられます。
 システム導入のあり方の特徴として、欧米でパッケージシステムが広く使われているコトに対して、日本では個別企業に対応したカスタムメイドのシステムが構築されている点が挙げられます。
 ソコで、そもそも企業におけるコンピュータシステムとはなんぞや?というと、色んな考え方があるワケですが、「ニンゲンの行う業務をハード/ネットワークの中にフローとして再構成したもの」つーのも、その一つです(ワタシが勝手に言ってるダケですけどネw)。で、以前のエントリで述べたように、日本において企業は事業のヤり方(How)で差別化しているコトが多いワケです。同じ業種に属する、同じような企業でも、業務フローが微妙に違ったりします。その分、求められるシステムのカタチも違って来ます。おまけに、ユーザー企業の中の人は、必ずしもシステムに関する知識を持っているワケぢゃない。従って、そうした企業のシステム化を受託する日本のSIerに対しては、より深い業務知識が求められます。
 その中で、最初は顧客に言われた通りのシステムしか作れなかったSIerが、業務知識を深化させるコトで提案型のシステム開発受託までこなせるようになるのが、成長モデルの一つです。更に、それを複数の業界に対して出来るようになれば、SIerとして上位の企業と言えるでしょう。

 こうした進化を遂げたSIer大手なら、個々の企業に大差は無いかというと、そういうワケでもありません。
 SIerの伝統的な分類方法に、ハードメーカー傘下のメーカー系、大手企業の情報システム部門を母体とするユーザー系、それらに含まれない独立系の三種に分類するモノがあります。メーカー系とユーザー系では、出身母体の違いから、得意とする分野に差が生じます。メーカー系はハードの使いこなし方をはじめとするシステム技術、ユーザー系は業務へのシステム適用のノウハウということになります。メーカー系SIerの代表的なものは、日立システムアンドサービスや富士通ビジネスシステム、東芝情報システム等です。一方、野村総合研究所(NRI)やNTTデータ、新日鉄ソリューションズ等が、ユーザー系SIerに分類されます。NRIの得意分野は金融ですし、NTTデータは官公庁向けの案件を得意とします。

 SIerというとふつ~のヒトには「技術の会社」と思われるコトが多いのですが、ユーザー系SIerの中の人は、垂直分業の中で要件定義を主な役割とするコトもあって、必ずしもソレを重視しません。ソの例として、私自身の経験を述べましょう。
 私がSEの仕事をしていたのは10年以上前のコトになるのですが、その最後に近い1996年から1997年にかけて、「オブジェクト指向」と呼ばれる、当時は新しかった考え方を一部に取り入れたシステムを作りました(下のFlashは初めて作ったモノなので、見づらいのはご勘弁をw)。







 オブジェクト指向的な考え方を取り入れたのは、社内ではかなり早い事例になると思うのですが、全然評価されませんでした。その理由として当時のボスから受けた説明は、私が所属部署の子飼いでなかったからというもので、技術なんて人事考課に一切関係なかったワケです ┐(´~`)┌

 SIerの中でも特に、そうしたユーザー系SIerは今後、大きな危機に直面するおそれがあります。市場縮小と付加価値訴求力の減退のおそれに加え、内部管理体制の根本的見直しを迫られています。

 企業の業務にシステムが用いられるようになったのは、1960年代半ば以降です。その後、システムを利用する企業の増加に伴い、SIを主とする情報システム市場は拡大していきました。1990年代初のバブル崩壊後には市場が縮小する局面もありましたが、1995年以降のインターネット利用の普及を背景に、市場は再度、拡大期を迎えました。インターネットが一般化した2001年以降は、市場規模は横這いで推移しています。2006年に統計基準が変わったのでそれ以前と同じ視点で見ることはできませんが、2006年から2007年にかけて市場規模は微減でしたから、全体の傾向は大きく変わってはいないと推測されます。
 ただ、企業数は減少傾向にありますから、1社あたりの売上は拡大しています。大手SIerの業績推移を見てみると、売上・利益共に拡大している企業もあれば、横這いで推移している企業もあります。伸び悩む市場環境下で、個別企業の選別が進んでいるコトが推測されます。
 現在、金融危機を契機とした景況悪化が、世界を襲っています。日本は比較的、その影響が少ないとは言われていますが、先行きの見通しは芳しくありません。これまでの、情報システムの利用普及やインターネットの利用拡大といった、不況下でも情報システム関連市場の拡大をもたらした要件も、現在は見当たりません。市場が縮小過程に入る可能性は高いでしょう。

 足下では、いわゆる「J-SOX法」への対応が、SIerにとって特需要因となっています。しかしこれは、中長期的にはユーザー系SIerにとってマイナス要因になるでしょう。
 2007年9月に施行された金融商品取引法では、上場企業に対して、財務報告に関する内部統制制度の整備と内部統制報告書の提示を義務付けています。今後数年をかけて、そのカタチを模索していくことになるのでしょうが、結局のトコロ、事業の全社的「見える化」を進めるコトが必須です。
 そうなると、ユーザー企業自体がシステム要件を明確化する力が向上することになるでしょう。「面倒くさいコトはSIerに全部お任せ」という態度の美味しいお客様は、もう期待できません。要件定義に重きを置いてきたユーザー系SIerにとっては、付加価値を訴求する力が減退するコトになります。

 んぢゃあ、ユーザー系SIerはどぉすればイイか。
 一つ考えられるテは、業務コンサル機能を取り込むことです。つまり、業務改善とシステム化を組み合わせて提供するビジネスに、ドメインを拡大するコト……なんですが、既に一部ではソういう動きは出ています。例えば2005年4月には、NTTデータがアーンスト&ヤング系のコンサルティング会社であった日本キャップジェミニを買収しました。ただ、この動きはメーカーの方が先行していて、IBMが2002年7月にプライスウォーターハウス・クーパーズ系のPwCコンサルティングを買収しましたし、2004年11月にはNECがアビームコンサルティング(デロイトトウシュトーマツ系)の株式35%を取得しました。
 もう一つは、同業他社との提携で、規模の経済を志向すること。規模の拡大は、顧客基盤の拡充やノウハウの拡大等の効果が見込まれる、SIerの基本的な成長戦略の一つです。これまでも、ユーザー系に限らず、多くのSIerが合併による規模の拡大を繰り返しています。最近では、2008年9月29日に発表された、NTTデータによる日本総研ソリューションズの子会社化(50%株式取得)なんて例がありますね。今後もSIerの再編は続いていくことでしょう。
 またはこれから技術力(ハードの使いこなしに限ったハナシではなく、ソフト開発の効率化とかも)を磨いて差別化を図るのもイイでしょうが、方向性を絞ってヤらないと、メーカー系には追いつけないでしょう。
 あとは、外販をあきらめちゃって親会社の情報システム部門に回帰するテもありますが、売上は下がりますし、その際の大規模リストラが社員のモチベーションを大きく引き下げるコトになりますから、選択しずらいトコですね。

 それ以上に、SIerの売上・費用計上の基準が変わることの影響が大きいと考えられます。
 2009年4月から、SIerの売上及び費用は、工事進行基準で計上されることが原則になります。SIerにおける工事進行基準とは、ソフト開発の進捗度合いに応じて、売上と費用を分散して計上するやり方です。この制度の下でキチんとした会計を実現するには、進捗管理の精度を上げる必要がありますが、そのためには、設計・開発工程の標準化が求められます。ソフト設計・開発の進捗管理には、ガントチャートと呼ばれる表を使うコトが多いのですが、その縦軸の切り分けと各工程における標準工数の見積もりが重要です。

 他業種では、コレを上手くやっているトコロがあります。例えば自動車業界。自動車をディーラーに整備に出す場合、整備工程は高度にメニュー化されてて、大まかな整備内容が決まれば、あっという間に整備期間と費用の見積もりが出ます。自動車の場合は商品自体がモジュール化されてて、不具合のあるトコはモジュールまるごと交換しちゃうという背景はあるんですけどね。
 一方コンピュータシステムは、同じ工程であっても個別の案件毎に工数は大きく異なりますので、自動車と完全に同じコトは出来ません。とはいえ、管理者からプログラマまでが、設計・開発工数の標準化を統一された目標の一つとして仕事してれば、案件数が増えれば増える程、精度の高い工数管理が出来るハズです。そういうコトをやらんで、管理者がSEとかプログラマ、あるいは下請け会社に仕事振っておしまい、なトコは対応できないでしょ~ね。私が当たっちゃったボスのような、「オマエに全部任せた(でも評価しないょ)」な中間管理職の方ばっかりなトコロは……放っておくと、大変なコトになりますょ(北野武サン風にw)
 それから、工数管理を高度化する上では、下請けとの関係強化も重要な課題ですネ。M&Aで取り込んぢゃう、つ~のも一つのテでしょう。

 正直なハナシ、工事進行基準は、なぁなぁでドンブリ勘定な日本のSI業界には馴染まないと思います。そもそもカスタムメイドのシステムなんて、完成して初めて役に立つモノな上、開発中の仕様変更もよくありますしねぇ。この導入を決めたヒトは、SI業界の内情をよく知らないか、逆に詳しく知っていてソレを根本的に変えたいと思ったか、どちらかではないでしょうか。
 でもまぁ、決まっちゃったモンはしょうがない。SIerとしては頑張って対応するっきゃありませんナ。

 このようにSIerは、市場が縮小に向かう中で、付加価値訴求力の強化と内部管理の精度向上に努めなければならないという、難しい局面にあります。
 コレへの対応に成功するかどうかが、5年後、10年後における市場での優劣を決める、大きな要因になるだろうと思います。