2008年2月29日金曜日

ソフトバンクに感じる不安

 前回は楽天を取り上げましたが、今回は対比されることが多いソフトバンク(以下「同社」)を見てみましょう。
 かつて我々が親しみを込めて「日本蕎麦」(旧称「日本ソフトバンク」の略)と呼んでいた同社ですが、当時と今ではその姿を大きく異にしています。

 これは楽天と同様、M&Aでの多角化によるものですが、その有り様は大きく違います。
 楽天の多角化が水平方向の事業拡大と分析できるのに対し、同社のそれは垂直統合と見ることができます。
 携帯電話及びインターネットという通信インフラの上で、各種サービスを提供するというものです。
 尤も、同社は最初からそうした方向性を指向してきたわけではありません。
 あおぞら銀行への出資(2000年)やメモリメーカーの米Kingstone Technology社買収(1996年)など、水平型の事業拡大を指向したものの収益化に到らず、失敗事例を繰り返してきました。
 テレビ朝日買収のように、M&A自体が不成功に終わったこともありました。
 そうした試行錯誤の末、2006年8月に金融部門のSBIホールディングスを手放すことで、ネットワーク関連事業への「選択と集中」をするに到りました。


 ただし、垂直型に統合された事業の中の各レイヤーの重みは、均等ではありません。同社の売上や利益(営業利益ベース)の過半は、携帯電話事業から得られています。
 当然、当該事業には他の事業よりも注力することになります。とはいえ、その選択肢には制限が加えられます。

 2006年4月の携帯電話事業の買収に、同社は1兆7,500億円もの巨額の資金を費やしました。
 これは、買収直前期(2006年3月期)の旧ボーダフォンの売上(約1兆4,700億円)を超える金額であり、当期利益(約500億円)の35倍に達する金額です。
 自力参入計画から1年前倒しの事業開始や顧客獲得・機器調達網及び営業体制の整備といった手間を省くという、典型的な「時間を買う」意味があったとはいえ、売上・利益共に低下傾向にあった旧ボーダフォンに対する実績PER35倍の買値は、少々高くついたように思われます。
 その資金調達には、携帯電話事業自体を担保としたノンリコースローン型の借入を用いました。
 2006年9月末に同社はこれを、携帯電話事業の証券化という形で、当該事業のキャッシュフローを返済原資とする借入に切り替えました(約1兆3,551億円分)。
 従って同社は、携帯電話事業から継続的にキャッシュフローをあげ、これを返済に充てる必要があるわけです。
 ADSLの時のように赤字覚悟の価格戦略で顧客を囲い込み、収穫期を待つ戦略は取れません。
 2008年1月開始の「ホワイト学割」でようやく基本料金の大幅割引(というか無料化)に手を付けましたが、その対象は通話やメールを多く利用し、お金を落としてくれる学生サンだけです。
 それ以外にも家族間通話無料など各種の「プラン」を打ち出してはいますが、他社も追随してきており、十分な差別化がなされているとは言い難い状況です。
そうした状況下で当該事業に関する証券化部分の返済実績はというと、2008年3月期の第3四半期までに約600億円となっています。
 このペースが維持できたとしても、返済完了まで14年かかりますね。今後、携帯電話事業の価格競争が激化した場合、それ以上に伸びることになります。


 それでは、資金調達スキームを変えることで戦略上の制限を軽減することができるかというと、これも難しい。
 前回取り上げた楽天と比べると明らかですが、主に借入と債券によって資金を調達してきた同社の有利子負債の残高は巨額になっています。そのため、支払利率も高いものになっています。
 従って、携帯電話事業を原資とした借入を、他の借入と一本化することはできません。
 また、株式市場が停滞している現状では、大規模なエクイティファイナンスも困難です。
 結果として同社はこのまま、携帯電話事業のキャッシュフローを極大化して、返済を進める必要があるわけです。


 さて、2006年3月期に、同社は経常利益及び当期純利益の黒字化を果たしています。
 これには、広告売上などのインターネット・カルチャー事業の増益と並んで、ブロードバンドネットワーク事業の営業黒字化が大きく寄与しています。
 ADSLの普及期には新設回線のために設備投資が必要であったため、売上拡大が利益に結び付きませんでした。
 普及期が終わり、売上に対して大きな設備投資が不要な収穫期に入ったことから、同事業の営業黒字化がもたらされたのでしょう。
 皮肉なのは、収穫期に入ったと同時に、競合次世代技術である光回線(FTTH)が普及期に入ってしまったことです。今後、ADSL事業からの収益拡大は期待できません。
 同社が光回線で同様の回線再販事業を行うには、NTTからの回線借受と再度の設備投資が必要となります。
 それを最小限に抑えるために光回線の1分岐借りを申し入れているのですが、その決着が付くまでは、もう少し時間が必要でしょう。
 従って現状は、ネットワーク事業自体で成長を追及できる状況ではありません。むしろADSLの顧客をFTTHに奪われる状況が続くおそれがあります。
 また、Wi-MAX枠の獲得競争には敗れてしまいました。
 これはリッチコンテンツの流通網確保の点ではマイナスですが、キャッシュフロー面では、追加投資を抑えられたことが同社にとっては却ってよかったかもしれません。

 こうした状況下で同社が他社と差別化して成長を追及するためには、垂直統合されたビジネスモデルの上位レイヤー即ちコンテンツによって、下位レイヤー即ちネットワーク・携帯電話事業の顧客の囲い込みを図る必要があるでしょう。
 孫社長がおっしゃるところの「総合力」を発揮することが重要なわけです。
 しかし現状では、「総合力」が発揮されているとは言い難い状況です。
 例えば、Yahooのポータルサービス~掲示板・オークション等ではアパターが利用可能ですが、同じアパターをIMや携帯電話のメールで使ったり、そのアパターを使うゲーム(PC・携帯電話とも)をガンホーで提供する等のサービスは、本来であればとっくに提供されていてしかるべきだと思います。
 そのアパターのデザインのカスタマイズで課金するとか、そのカスタマイズに応じたリコメンデーションで物販に繋げるとか、収益機会を全て取り込む姿勢が必要ではないでしょうか。
 そうした取り組みが為されていないということは、グループ各社が協力してシナジーを生み出すための施策が行われていないということだと考えられます。
 グループ各社に高い自由度を認めることで、より高レベルのクリエイティビティの発現を期待するのも、一つの考え方でしょう。
 しかし、現状の同社を鑑みると、グループ統制の強化によってシナジーを生み出すことを考えてもよいのではないでしょうか。
 さもなければ今後も、「総合力」の発現は難しいと思われます。