2008年3月15日土曜日

セミマクロなハナシ(2)~従来型産業における競争構造

 前回は、事業ドメインの把握や差別化戦略の観点として私が用いたWhat/Whom/Howの三要素を取り上げ、IT分野においてはWhat及びWhomによる差別化に比べHowによる差別化の効果が薄いことを述べました。

 ところが日本の産業全体では、このHowによる差別化が、企業の生き残りや成長を可能にした例が多く見られます。代表的な例が、ソニーとホンダ(四輪部門)です。
 街の電器屋を組織化して磐石の販売網を構築した松下電器に対して、ソニーは放送などのプロフェッショナル用途への浸透と新技術の製品化に先行することで、先進的な企業イメージを作り上げました。
 ホンダはレース参加によるスポーツイメージの確立と同時に、省燃費エンジンの投入などやはり先行技術投入によるイメージ向上を通じて、隙間の無い製品展開をするトヨタや日産を相手に、シェアを拡大しました。
 従来型産業においては、先行する大手企業が存在しても、ビジネスのやり方(How)による差別化で成長を実現することが、不可能ではなかったのです。

 この背景には日本国内における、差別化欲求が強く、かつ厚みのある消費市場があったと、私は考えています。

 日本においては基礎教育の普及度が100%近く、識字率が極めて高い状況にあります。
 テレビやラジオの普及率も高く、新聞や雑誌といった媒体の購読者も多くいます。こうしたメディアは、在京阪キー局や大手新聞・出版社を中心とした少数の企業グループに系列化されています。
 その結果、幅広い消費者に製品やサービスの情報を届けることが、容易になりました。いわゆる「リーチコスト」が、相対的に安い状態が生み出されたワケです。(ここで言う「相対的に」というのは、貿易論の基礎で扱う、各国産業の「相対優位」くらいの意味で考えて下さい)

 また道路整備率も高く、鉄道も充実しています。特に大都市圏では、極めて高度に交通網が整備されています。
 物流に関わる事業者が多く、サービスレベルは高い水準にあります。
 短時間に商品を運ぶことが出来ることから、物流に係るコストも相対優位にあると考えられます。

 コストが相対的に安価であれば、ブランド力や技術力の面で競争力が弱い企業でも、製品やサービスの価格を下げて生き残る機会が多くなります。
 但し、それでも消費者が受け入れてくれなければ、企業は存続できません。

 日本の人口は1億人を超えています。しかも、大都市圏周辺部に集中しています。
 更にかつては、高い所得税累進率による所得再分配によって、可処分所得はフラット化されていました。近隣住民と同レベルの生活水準を維持することは、それほど困難ではありませんでした。「1億総中流」と言われていた位です。1億人の人口のかなりの部分が、有効需要として機能していました。
 そういう状況下では、生活水準の均一化を求める一方で、その中身において他者と差別化する欲求が生まれます。上で述べたソニーやホンダが伸びたのは、このような条件が、背景にあると思います。

 また、可処分所得がフラット化されていたとはいえ、どうしても差は生じます。しかし、中流意識があると、生活水準は同レベルにしたい。そのような場合、どうするか。
 例えば家電であれば、松下の製品が買えなければ、日立や東芝の製品にすればいいのです。それも買えなければ、シャープや三洋の製品にすればいい。
 同機能・同性能の製品を安価に提供する企業の存在意義が、ここにあったワケです。

 結果として、存続機会と存在意義の両面が満たされることで、産業が成熟した後も、日本には他の先進国に無い程の数の企業が残りました。
 これは上で述べた家電だけではなく、自動車でも他の産業でも同じことです。
 ちょっと前にワールドビジネスサテライトでどなたか(ボスコンの御立サンかJRIの高橋サンだったような気が…)が「日本の食料品業界で、国際競争力の無い企業が多く残っているのは謎」とおっしゃってましたが、私の仮説はこんな感じ。実証できませんけどねw

(以下、次回)

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