2008年4月1日火曜日

タタ・モーターズの課題

 去る3月26日、インドのタタ・モーターズによる米フォード社からの「ジャガー」「ランドローバー」両ブランド買収が発表されました。昨年、両ブランドが売却対象とされて以来の流れの中では、順当な結果と言えるでしょう。
 ただし、このM&Aが効果をあげるには、大きな課題があると思います。

 自動車という商品には、二つの性格があると考えられます。一つは実用品=量産品としての性格であり、もう一つは嗜好品としてのそれです。
 前者としての自動車は、短時間で長距離の、自由度が高い移動を可能とするものです。後者としてのそれは、運転時の様々な快感や、所有することによる喜びを与えてくれます。
 両者は必ずしも一つの企業が提供するものとして両立不可能なものではありませんが、その実現は困難です。
 大量生産によって合理化を進め、「規模の経済」を追求するのが、前者としての自動車産業のあり方です。
 これに対して、後者の方向性は、個人の嗜好に細やかに対応することが求められます。これは、前者の方向性とは相反するものです。一方で、一台あたりの付加価値は高くなります。
 また、市場が成熟している必要があります。消費者が自己の嗜好を把握することが、後者の方向性を持つ企業の存続可能性を担保するからです。
 例えば、私は小型でハンドリングの良い、NVH(Noise/Vibration/Harshness~運転手に対して与えられる感覚情報)がしっかり伝達されるクルマが好みです。ホンダ(バラードCR-X)からポルシェ(930型)に乗り換えて現在に到るのですが、今後マツダやBMWを選ぶことはあっても、トヨタやプジョーを買うことはないでしょう。こうした明確な嗜好を持つ消費者が一定以上いれば、趣味性の高い商品を提供する企業は存続可能です。

 さて、そのような消費者の成長には、市場が立ち上がってから、長い時間を要します。メーカーが高度化した消費者ニーズに対応したモノ造りができるようになるまでもまた、長い時間が必要です。
 最近、欧米で日本メーカーの自動車が高い評価を得ているとの報道が見られます。日産のスカイライン・クーペやマツダのデミオなどがその対象ですが、それらに対する評価は、これまでの日本車に対する評価(安価で丈夫など)とは趣が異なる感じを受けます。
 こうした変化は、日本メーカーが、嗜好品としての自動車を創るノウハウを得られたことの現われではないかと思います。

 タタ・モーターズは、今後発展が期待されるインド市場に、世界で最も安価な自動車を提供する戦略を明らかにしています。即ち、前者の方向性を持つ自動車メーカーです。これに対し、今回買収された両ブランドは、日・米・欧の成熟した市場においてブランド力を確立している、付加価値の高い、少量生産車ブランドです。
 これまでにも同様に、成長したアジアの自動車メーカーがヨーロッパのメーカーやブランドを買収した例があります。インドネシアのメガテック社によるランボルギーニ買収や、韓国の起亜自動車によるロータス・エラン製造権取得などがそれですが、いずれもうまく行ったとは言い難い結果に終わりました。
 大量生産型の企業であったアジアメーカーと、少量高付加価値型のヨーロッパブランドの間の「文化の衝突」が、これらの失敗の原因ではないかと、私は考えています。
 タタ・モーターズがこの方向性の違いをどうコントロールするか、注目したいところです。


 さて、こうした二つの方向性=成長戦略が個々の企業の状況に現れている例に、化粧品・トイレタリー業界があります。(うろ覚えですが、以前分析した業界の中では、ビールを中心とした軽アルコール飲料業界もそうだったように記憶しています)
 世界で競争している米P&Gや英Unilever、日本で上位の花王や資生堂などは、数量効果で事業効率を上げている企業群~規模成長型に属すると言えるでしょう。一方、マンダムやコタといった顧客層を明確にした企業や、天然由来原料を前面に押し出すドクターシーラボ等は、事業特性特化型によって付加価値を高める方向性を見せています。
 上のタタ・モーターズによるジャガー及びランドローバー買収は、この業界で言うと資生堂によるマンダム買収などということになると思いますが、そうしたM&Aがうまく行くかというと…やはり微妙でしょうね。


 ところでこうした、製品が嗜好品と量産品の両方の性格を持つ業界には、二つの方向性のいずれかを明確化できずに、生産性=競争力が低い企業が存在します。
 これは、なにがしかの問題や課題を内包した企業であることが多いのですが、金融業とかコンサルといったサービス屋にとっては美味しい対象です。
 「成長戦略を明確化しましょう」つー基本的なトコから始まって大きなコンサル案件に仕上げることも可能でしょうし、主に規模成長型企業を買い手として切り売りする商材にすることも考えられるでしょう…つーのは意地悪スギですかねw